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あの店に彼がいるそうです
第3章 体を売るなら僕に売れ
 今夜もシエラは熱気に包まれている。
 俺は千夏が女性と歩いていくのを見守った。
「凄いなぁ……」
 オープンと同時にいなくなるトップ集団に溜め息を吐きたくなる。
「凄いだろ~。弟は」
「一夜さん!」
 出迎えの列にスッと入る。
 この人があの集団にいないのはちょっと不思議だ。
 端正な顔立ちだし、何より声が綺麗だから。
 初日に会った時は歌手かと一瞬驚いたくらいだ。
「ま、一番凄いのは言わなくても」
「瑞希!」
「えぇっ、類沢さん!」
 唖然とする一夜の前で俺は、突然現れた類沢に連れられていく。
 接客中じゃないのか。
 シエラ中から視線が刺さってくる。
 誰、あの子。
 そんな声が聞こえる。
 ドンペリを運ぶ三嗣が驚いた顔して通り過ぎた。
 俺、今どんな表情なんだろう。

 バタン。
 瀬々に殴られた裏に着く。
 映像を消すよう首を振る。
 ガシッと両肩を掴まえられた。
「あ……あの」
「傷大丈夫!?」
「へ?」
 素っ頓狂な声が漏れてしまう。
 類沢はガクリと首をうなだれたかと思うと、手で頭を押さえる。
「治療に行くとか約束しておいて忘れるなんて最悪だな、僕は……あの人からの呼び出しさえなければ」
「えと…」
「今夜終わったら病院に行こう」
 俺は思い出してポケットを探る。
「これ、篠田チーフが……」
 類沢は名刺を受け取って、また頭を押さえる。
「そう、ここ。この診療所だよ。ちゃんと治療した方がいいからね」
「あ、有難うございます」
「じゃあ、あとで」
 類沢が安心したように微笑んで店に戻ってから、俺は一人で噴き出した。
「ふっ……はは」
 なんだったんだ。
 なんだアレ。
 焦った類沢を初めて見た。
 ワイン片手に女性と語り合う姿からは想像できない表情をしていた。
 しかも、なんでまたここに。
 ここでその怪我を負ったってのに。
 仕事中に急に思い出したのかな。
 別に終わってからでも良かっただろうに。
 一通り笑ってから夜空を見上げる。
 ……優しいなぁ。
 昨晩手当てもしてくれたのに。
 考えててくれたんだ。
 仕事中まで。
 笑いがこみ上げる。
 歌舞伎町NO.1ホスト。
 そんな肩書きを一瞬忘れてしまったくらいだ。
 シャツを正して店に戻る。


 この時は

 診療所での出会いなんて

 まだ予期していなかった
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