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あの店に彼がいるそうです
第6章 随分未熟だったみたい
「ねえ、春哉」
 黒ガラステーブルに並んだ二つの紅い灰皿。
 どちらも高く灰が積まれている。
 その向こうで、篠田が気だるく眼を擦る。
「なんで当たり前にお前はそこにいるんだ、雅」
「固いこと言わないでよ」
 久しぶりの来客。
 篠田は滅多に家に他人を入れない。
 だから店では様々な憶測が立てられている。
 豪邸だとか地下神殿だとか。
 実際は普通に二階建ての一軒家。
 異常なのは家具くらいか。
 全世界から集めた総額数千万のインテリアたち。
 類沢も月に一度来るか来ないか程度。
 毎回内装が変わっている。
 初めて会う黒テーブルに足を乗せる。
「それ、いくらかわかってるか?」
 篠田がゆっくり尋ねる。
「リシャーレ一本くらい?」
「三本だ」
 苛ただしげに指を立てる。
「贅沢」
「ほっとけ」
 煙草を磨り潰し、カーテンを閉める。
 まだ昼だというのに。
 薄暗い陽光が漂う。
「ねえ、春哉」
「なんだ」
 背もたれに首をもたれかけ、上目遣いに口を軽く開く。
「……ったく」
 篠田は頬をなぞりながら類沢に近づき、その長い髪を掴んで唇を重ねた。
 ギシリと鳴る。
 噛み合うようなキス。
 数秒後、小さく笑いが洩れる。
「満足か」
「しないって知ってる癖に……よく云うよ」
 舌を舐め、類沢は乱れた髪を撫でる。
「春哉より巧い女性がいたら良いんだけどね」
「瑞希は? お前が教えて巧くさせればいいじゃないか」
 ふっと眼に影がよぎる。
「そうなんだけどね」
「くくっ……大体お前にテクニック教えたのは俺なんだから。もしそんな女がいたら、お前が喰われるぞ」
「あー、それいいねぇ」
「バァカ」

 一箱吸い付くし、二箱目のラベルを剥がす。
 同じ銘柄。
 ヘビースモーカーも譲り受けだよね、類沢は心の中で呟く。
 それから髪を結い、立ち上がった。
「デートに付き合ってくれない?」
「断る」
 だが答えを聞きもせず、類沢はキーを持って出ていった。
 チャリ、と回しながら。
 くわえた煙草を灰皿に吐き捨てる。
「……ガキ」
 無くなったのは篠田の車のもの。
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