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あの店に彼がいるそうです
第7章 どちらかなんて選べない
 世の中大人の事情なんて言葉に甘えるのはダメ人間だ。
 生涯添い遂げると舌先で誓っておいて、他の女に愛を囁く。
 多目に見ろ?
 バカじゃないのか。
 悪いのはお前だ。
 責任とれ。
 そう……今までは思っていた。

「どこ見てるの、瑞希」
 しかし今は、浮気相手に恋人とデート中に遭遇した男の気持ちが痛いくらいにわかる。
 変な汗が出てくる。
 心臓も凄い鳴ってる。
 なんでこんな焦ってんだ。
「雅、どした」
「見知った顔があるなってね」
 篠田が腕を掴む。
「彼女と一緒だろ」
 良かった。
 チーフが止めてくれる。
 俺はホッとして伝票に手を伸ばす。
 映画館に行く時間だ。
 河南の機嫌は外で直してもらおう。
「今行って奪って来い」
「言うね」
 カタン。
 伝票が床に落ちる。
「もう……なにしてるの」
 屈んだ河南の向こうで二人と目が合う。
 開始のゴングが鳴った気がした。
「ありがと、河南。外に出ようか」
「へ? やだ」
 やだじゃなくて。
 ぷいっと俺に背を向けて続ける。
「昨日何してたか言うまで瑞希のいうことはなにも聞かないから」
 だから言ったら余計に状況が悪化するんだって。
「いいから外に」
「久しぶり、河南ちゃん」
 言葉が切れる。
 彼女にとっては三度目の声。
「る……類沢様?」
 ちょっと待て。
 色々言いたいことを堪え、俺は立ち上がって二人の間に立つ。
 視界の端で、篠田が煙草を片手に愉しげに笑って観察している。
「今日はオフですよ、類沢さん」
「そうだね」
「奇遇ですねっ」
 ある意味機嫌が好くなった河南が手を差し出す。
 類沢は快く応えて握手する。
「瑞希がお世話になってます」
「そんなこと云わなくていいっ」
「瑞希はよくやってくれてるよ、ホストの仕事も慣れてきたみたいだし」
 ああ。
 こんな話をしている場合じゃない。
 いつヤバい質問が飛び出すかもわからない。
「ひとつ訊きたいんですけど」
 河南が手を組んで唇をすぼめる。
「ナニ?」
「瑞希はどこに住んでるんですか」
 俺の制止虚しくレッドゾーンの質問が突き出される。
「ああ、それは……」
 真剣な眼差し。
 俺を心配してくれての質問。
 なのに気分は最悪だ。
 だって……
「僕の家だけど?」
 この男がこう答えないわけがないから。
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