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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
 

安藤佐和との面談を終え、圭司は、渡瀬の事務所にほど近い居酒屋へ向かった。
海浜公園でのバーベキューから十日が経ち、その間、渡瀬が倉庫に帰ったのは一日だけで、あとは事務所にカンヅメ状態で仕事をこなしていた。
食事をどうしているのかと麻衣が心配していて、出版社へ出向いたついでに一度渡瀬の顔を見ておこうと、圭司が誘い出したのだった。

地下鉄の昇降口を出てすぐの信号待ちで、居酒屋の前で待っている渡瀬を通りの反対側に見つけた。
クロックス風のサンダル履きでシャツの袖を肘までまくった渡瀬は、いかにも仕事の途中で抜け出してきた雰囲気そのままに、カバンも持たずゆるく手をにぎり、年代もののポストのようにただ漫然と立っていた。
渡瀬の見ている先に目をやると、夕映えの空をゆくムクドリの群れがあった。
青信号になり圭司が近づくにつれ、渡瀬の口が少し開いているのがわかった。

『ほら、口に虫が入るぞ』

と肩を叩かれるまで、渡瀬は圭司に気づかなかった。
眼鏡の奥に灰色のくまを浮き立たせて笑う渡瀬が、圭司には相当疲れているように見えた。

縄のれんを払って店に入ると、裸電球の橙色にかすむ気楽そうな居酒屋は、時間の早いうちから混み合っていた。
デコラ張りのテーブルへ案内されて腰かけるなり、渡瀬が生ビールをふたつ註文した。

リズミカルに喉ぼとけを上下させてジョッキを空にした渡瀬は、それをテーブルに置くことなく目についた店員に掲げて小きざみに振り、次の一杯を註文した。

『浩ちゃんは、いつもうまそうに飲むよなぁ』

渡瀬の飲みっぷりに圭司は感心した。

『花見の前ぐらいから腰痛がひどくてさ、
 ずっと鎮痛剤飲んでて、酒飲めなかったんだ』

渡瀬はおしぼりでメガネを拭きながら、今日は嘘みたいに痛みもなくて、いくらでも飲めそうだと言い、メガネをかけ直した。


 
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