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星と僕たちのあいだに
第8章 セレンディピティー
 
医師はあご引き、上目に圭司の反応をしばらくみていたが、背もたれに体をあずけた。

『付き添いの女性が昼間の飲酒はないと言ってる。
 なのに血中のアルコール濃度が高いのは、 
 彼の肝臓が仕事してなかったってことだ。
 働きが悪いって事だな。
 肝臓からは脂をばらばらにする液が出るんだが、
 その液が詰まっちまった。
 今、管を入れてそいつを開放したが、
 問題は、詰まった原因だ。
 すぐぞばの別の臓器が腫れあがって、
 そいつが道をふさいでんだ』

圭司は小さくうなずいた。医師の診たては麻衣の言うとおりだった。

『彼の臓器は大やけどして悲鳴をあげてる。
 体の中で戦争が始まったと言っていい。
 詳しい検査が必要だが、
 嫌なマーカーが出ててね。
 ま、熱が下がるまでがヤマだな』

『なんでそんなことになるんですか?』

『遺伝、ストレス、食い物。
 今の時代に生きてりゃ、
 原因なんていくらでもある』

医師は、慎重にカップラーメンのふたをはがし、割り箸を裂いて勢いよく麺をすすった。

『個人情報なんでしょ。
 だめなんじゃないんですか?』

皮肉を込めて圭司が言うと、医師は頬張った麺を咀嚼(そしゃく)しながら、野暮なことを訊くなというように眉間にしわを寄せて、

『ひとりごとだよ』

と言い、ズズズッとスープをすすりこんだ。
行儀の悪さに今度は圭司が苦笑した。

これまで沈痛な表情しか見せなかった圭司が素直にみせた笑顔は、それが弱々しい分かえって医師の同情を誘うものになった。
医師は、記憶をたどるように斜め上を見やり、

『十年も同じ人間と一緒に住んでりゃ、
 いろいろあったんだろうな』

と、しみじみとした口調で言い、箸さきで麺をもてあそびながら、死の淵にいる患者と目の前の憔悴した若者とが、これまでに過ごしてきた時間を想った。


 
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