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星と僕たちのあいだに
第9章 涙のゆくえ
 


ストローについた口紅を指先でぬぐいながら麻衣が訊いた。

『ねぇ、
 お父さんはひとりで暮らしてて
 さみしくなることないの?』

父は背もたれに体をあずけ、うーんと首をひねった。

『慣れたといえば慣れたけど、
 さみしくないといえば嘘になるな。
 ときどき、お母さんに会いたくなって
 眠れなくなることがあるよ。
 うまい焼酎に出会ったときなんかは特にね。
 お母さんの作る酒の肴はうまかったからなぁ。
 麻衣が料理上手なのも、
 子供のころのお母さんの味付けを
 麻衣の舌が覚えてるからじゃないかな』

麻衣は中学を卒業するころには、一通りの煮炊きができるようになっていた。
それは病に倒れた母が、一冊のノートを残してくれたからだった。

使い込まれた分厚い大学ノートには料理のことはもちろん、風呂の洗い方や洗濯物の干し方、掃除機のかけ方、家じゅうの押入れの中の見取り図、キャッシュカードの暗証番号、ATMの操作、親戚の連絡先、礼状の書き方、化粧の手順、じきに訪れるであろう月経の処理のしかた。
その他にも、病床についた母の思いつく限りのあらゆることが、こつこつとつづられてあった。
困ったり悩んだりしたとき、麻衣はいつもそのノートに助けを求め、そして幾度となく助けられてきた。



 
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