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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
 

『大阪店オープン、
 おめでとうございます。
 国内展開は順調なご様子ですね』

ねぎらいをこめて言った佐和は、圭司が世に出るきっかけを作ったのが、目の前にいる並木早苗だということを広告代理店の営業から聞き知っていた。
二人が同棲しているという噂も小耳にはさんでいたが、プライベートをあまり話さない圭司に個人的なことを直接訊くのはヤボなことだと、本人に確かめたことはなかった。
だが、美貌の早苗をあらためて眼前にすると、圭司と早苗の関係性が、がぜん気になってくる。

『ありがとうございます。
 メディア様の好意的な対応のおかげです。
 感謝しています』

いささか丁寧すぎる応対をした早苗は、佐和が編集にかかわった雑誌に圭司が参加していたことを思い出した。
リビングに置いてあった見本誌の編集後記には、たしか佐和のクレジットがあった。
つくりの良い画集のような雑誌で、ページを折り曲げないように気をつかって読んだ覚えがある。

『こちらこそお礼を言わないと。
 一番人気のデザイナーですもの。
 独占取材は幸運でしたわ。
 次はやはり中国なんでしょう?』

『それが、シンガポールなんです』

そう答えて、早苗は少し気持ちを閉ざした。
シンガポールという地名の響きそのものに、暗い影がまとわりついているような気がした。
ほぅ、と納得したように佐和がうなずいた。

『さすがね。
 経営環境の良さは
 アジアでいちばんですものね』

柔らかな物腰の奥にちらつく確かな見識が、佐和をいっそう知性的に見せた。
佐和の端的な言葉には昨今のアジア情勢を見通したものがあった。
アジア展開において進出拠点を香港かシンガポールのどちらに置くか、事業部内で早苗たちは最後まで揉めたのだ。
最終的に香港を外したのは現地の経営環境の複雑さだった。




 
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