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星と僕たちのあいだに
第10章 揺らぐ鬼火
 

『そんな生活は心を腐らせるわね。
 嘘は百回言ってもホントにはならない。
 嘘の波乗りができるほど、
 私はまだまだオトナじゃなかったのね。
 夫にすべてを話して、
 別れてほしいってお願いしたの。
 あなたに愛されることが、
 あなたを愚弄(ぐろう)することになる。
 私は最低の女です。だけど、
 どうか人間でいさせてくださいって。

 夫は離婚を受けいれてくれたわ。
 怒ったのでもあきれたのでもなくて、
 私のどうしようもない憂いを、
 理解してくれたんだと思う。
 最後まで優しい人だった……』

佐和は夜空を見上げた。
遠くを見つめる目元に、にじむものがあった。

『前の恋人のところに
 戻ったんですか?』

早苗の問いに佐和は首を振る。

『じゃどうなさってるかも
 わからないんですね』

佐和は自己憐憫(れんびん)を振り払うように伸びをしたあと、誇らしげに腕を組んだ。

『結婚して子供がいるわ。
 娘さんはもう小学生かしらね』

『そうなんですか……』

落胆の表情を見せる早苗をいたわるように覗きこみ、佐和がクスクスと笑った。

『気落ちさせちゃった?
 お心寄せありがとう。
 でも私はね、それからもいくつか恋をしたの。
 あわただしいくらい、男に抱かれた。
 分相応のものもあれば、
 そうでない恋もした。
 妻子もちの男に夢中になって
 自分の中に夜叉やけだものを発見したわ。

 そのたび思うのよ。
 昔の恋人と別れた夫を比べたり、
 滅びていく関係をつくろったり、
 人の亭主をほしがったり、 
 恋は、陳列棚の宝石みたいなものだなって。
 最高の角度で照明があたってる。
 欲しくなるわ。
 得たら独占したくなるのよ。

 相手を愛してるつもりでいて、 
 とりもなおさず自分を愛してるのね。
 それを認めずに
 男の人を愛してはいけない気がする。

 でもね、私、思うの。
 人を愛することは、
 人間の究極の快楽かもしれないって。

 だから一度きりの人生で、
 恋をしないなんてもったいないわ。
 失恋だって歓迎すればいい。
 だって愛しあった証拠だもの。
 快楽を得た証し。
 片思いでは得られないものね。
 失恋を知らない女って、多分つまらないわ』

笑顔でそう言うと、佐和は湯の中で早苗の手をとり、ゆるく握った。


 
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