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星と僕たちのあいだに
第3章 星のすぐそばに
 

陽が沈むまでが早いこの時期、ふたりが古い温泉旅館についたころ、宿のあかりは妙に煌々(こうこう)としていて、競技場から暗い田舎道を運転してきた圭司に、言いしれぬ安堵をもたらした。

仲居に通された部屋は四畳と八畳のふた間つづきで、床の間には調度品もなく小型の冷蔵庫と金庫が置いてあった。
窓からの眺望は木だちにはばまれて暗いものだったが、木製の窓枠をつかんで少し顔を出すと、たわみかかるような林の上に絶景と呼んでも差しつかえない星空を望めた。

『うわぁ、きれいですね』

『ホント、きれいだなぁ』

無数の星々のまたたきは天空に漆黒を許さず、紫紺(しこん)のベルベットにまかれた砂金のようにちらつき、白くにじんだ天の川は、星の湯気を夜空に立ち昇らせるようであった。

それが今にも手の届くすぐ近くにあるようで、圭司と麻衣は半身を乗りだして夜空に手をさし伸ばし、星を払うように手を動かした。

むろん星々は微動だにしない。
ただ二人で同じことをしたのが可笑しくて、麻衣は首をすくめて笑い、圭司はその場で小さくジャンプして、頑張ればつかめるんじゃないかと笑った。

二人はしばらく黙って星を眺めた。
何も考えず、
静かに、
無目的に。

圭司は、二人で星空に手を伸ばしたとき、
涅色(くりいろ)の暗がりが、自分と麻衣を物柔らかく包みこんだような、
そんな不思議な感覚をおぼえた。

ふと思った。
自分なら麻衣を幸せにしてやれるんじゃないか ――――。

天空の星と星が出会うのと同じように、麻衣はあの日、何かに導かれて自分の前に現れたのではないだろうかと。

圭司は、自分がなぜそう思ったのかわからなかった。
その感覚は愛という代物(しろもの)には程遠かったかもしれない。
だが、俺は麻衣が好きだ、と、圭司が確信したのは、まぎれもなくこの時であった。



 
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