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星と僕たちのあいだに
第5章 それぞれの枕辺
 
第五章 それぞれの枕辺



その年の暮れ、麻衣は港湾近くの大規模な総合病院に勤め先を変えた。

麻衣の転職には前の男が一役買っていた。
男は医局から推薦状を取り、麻衣の転職先へひとこと添えたのだが、彼がそう申し出たのには大病院ならではの事情があった。

職場での色恋沙汰は当事者みずから吹聴するよりも早く、巧妙かつ陰湿に伝わってゆく。
男と麻衣の破局は院内に知れ渡っていたが、口さがない連中に面白おかしく虚飾され、ありもしない事実までもがスキャンダルとなって伝播(でんぱ)するようになると、さすがに男もあわてはじめた。

男の焦りの原因は、同じ職場で働く新恋人が冷ややかな視線に耐えられなくなったことと、もうひとつ。
院内の倫理規定をたてに、対立派閥から問題視されたことだった。
医師と看護師の下世話なトラブルは派閥内からも問題にされ、男を系列病院へ左遷せよという声が上層部から出はじめたのである。
強い組織ほど小さなほころびを嫌う。
おりしも学長選・院長選を間近に控えた派閥トップは、醜聞の火消しを男に命じた。

麻衣が対立派閥に取りこまれてしまうと自分の立場が危うくなる。
そうなるまえに、職場から麻衣を追い出さなければならない。
男は、麻衣の辞職を条件に、そのかわり自分の口添えで他の総合病院への転職を助けてやると、麻衣に持ちかけた。

すでに勤め先を変える意思を固めていた麻衣であったが、男の厚意が偽装であることを見抜いていた。
麻衣は、己の都合で他人の職場をもぎとろうという、男の身勝手さに怒りをおぼえた。
そして、利己的で無神経な男を愛してしまった過去の自分を情けなく思った。

男の申し出を辞退したその日の夜、麻衣はバスタブにつかる早苗にそれを愚痴た。
が、やはり早苗は気っぷがいい。

『そんなもの、利用すればいいのよ。
 渡りに船っていうの。
 だって麻衣ちゃん、いま幸せなんでしょ?』

自分の幸福のために自分を苦しめた男を利用するのは、女として最高の喜びじゃないの。
私だったら弁護士やとって慰謝料ふんだくってやるわ、と言った。



 
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