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月の吐息
第1章 三日月
『月の吐息』





都会の歓楽街の一角。8階建のビルの7階に、その店がある。
Jazz Bar 『Dance』。
今日も、フロア直通のエレベータに、誰かが乗り込む。






■三日月■






雨の月曜日。来訪の鈴の音が鳴る。


開いたエレベータから1組の男女がフロアに降りた。
短い黒髪の、見た目20代半ばの男性と、長い髪を片側にまとめてシュシュで飾っている同い年くらいの女性だ。
梅雨の雨で冷え込んだ今日、二人はスーツを着ている。会社帰りの様子だ。
降りてすぐの傘立てに、互いに傘を突っ込みながら、肩口の雨粒を軽く払っている。

「雨なんだから別日にしても良かったのに」
「明日から出張だし。しゃーねーだろ? 今日しかタイミング合わなかったんだから」
「だから、タイミングって何の?」
「それは、まだ内緒」

薄暗いフロアに、明るい声を響かせながら、男女が木目調の床に足を踏み入れた。
東側の壁のみ一面ガラス張りの、開放感のある広いフロアは、4人がけの丸テーブルが幾つかと、ピアノが置いてある。
フロアと同じ木目調のピアノは、周囲を取り囲むように羽のような木の天板があり、そこが座席になっている。
天板の上には、席を区切るように小さな蝋燭が飾ってあった。
9時近いフロア内は、幾つか座席も埋まり、お酒を楽しんでいる他の客の姿も見える。

「お、ムードある」
「だろ?」

案内に来たウェイターに、男は「2人なんだけど、あっちのカウンター、いい?」と尋ねている。
ピアノを少し離れて鑑賞できる位置に、普通のBARと同じようなL字型のカウンターバーがあった。
バーテンが2人、作業している後ろには、酒瓶がずらりと並び、間接照明で照らされている。

腰掛けた男女がカクテルを注文すると、程なくして洒落たグラスが差し出される。
「乾杯」「乾杯」
二人がグラスを合わせると、鈴の音のような軽やかな音が響いた。



  *  *  *



暫くして、フロアにロングドレスを身につけた女性が登場する。
3杯目のグラスを傾けていた男が、女性の肩口をちょんと突付き、その女性を指さした。
不思議そうな彼女がドレスの女性を目で追うと、その女性がピアノの蓋をあけて椅子を引く。

「え」

インテリアと思っていたピアノに、女性が指をすべらせると、店内にピアノの音色が響き始めた。





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