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フルカラーの愛で縛って
第5章 炎


■炎■


庵原は無言のまま男と詩織の間に歩みを進めると、彼女を背後に庇って男を見下ろした。
日頃、感情の読みにくい細い線のような瞳が僅かに見開かれ、酷く不機嫌そうに眉を寄せている。
その前で、蹴り飛ばされた槙野が無様に四つん這いになりながら身体を起こそうとしている。

「な、なんだ、お前はっ!」
「・・・そりゃ、こっちの台詞だ、じじい。うちの従業員、許可無く勝手に口説いてんじゃねーよ」

ドスの利いた声で返す庵原は、気迫で圧倒的に槙野に勝っていた。
その眼光は目の前の獲物に集中している猛禽類のように、槙野の一挙手一投足を隙無く見据えている。背後の詩織の浅く早い息遣いを耳にして、このやつれた白髪交じりの男が普通の客では無いことを、庵原は本能的に見抜いていた。

「勝手に、だと?」

蹴り飛ばされた腰に手を当てたまま、男が吠える。
カッと見開いた瞳で庵原を睨み上げ、これでもかと口を開き、周囲に毒素をまき散らすように唾を飛ばしながら叫ぶ。

「たかがバーテン風情が他人の関係に口出しするな! お前の許可なんて必要ない! これは、俺と詩織の関係だ! 俺は詩織の画家だ! 詩織と契約してセックスしながら作品を作っているんだ! お前のようなケツの青い若造には出来ないような"雄と雌の行為"だ。ハッ、分かるか!?」

怒鳴りながら曲がった眼鏡を掌全体で荒っぽく直し、男は膝に手を置いてゆっくり立ち上がった。
その尋常ではない剣幕に、庵原の纏うオーラが一段緊張感を増す。
刃物でも持たせたら躊躇いなく突っ込んでくるような凶悪な空気感と、庵原が体感したことがないほど奇妙に歪んだ倒錯めいた雰囲気が眼鏡の男を包んでいる。
油断なく睨みつける庵原の前で、槙野は不意にニヤリと笑って言葉を続けた。

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