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あい、見えます。
第4章 見落とさないで
言い切った薫は、いつの間にか強張っていた肩から力を抜きながら、エプロンのポケットに手を入れて、持ってきた佐々木の黒い手帳を取り出した。

だが、その手帳の存在が見えない遥は、薫の言葉を脳裏で反芻しながら無意識に首を緩く振る。

「え、なんで…。なんで? どうして、私が隣の人に手帳を返すの? その人、図書館で手帳を落としたんでしょ。じゃあ、次に図書館に来た時に、薫が渡せばいいじゃない」
「うん…、そうなんだけど」
「でしょ?」

すっかりランチ気分が削がれてしまったのか、遥はランチボックスの蓋をすると、食べかけのおにぎりにラップを巻いている。
その2つをベンチの端側に置くと、明らかに拒絶の色を顔に滲ませながら、薫に向き合う。

「それに…、薫が、その佐々木っていう人と知り合いなら、尚更、私に頼む必要、ないじゃない」
「うん」
「じゃ、なんで私に頼むの?」

静かに投げかけられる質問に、薫が唇を噛んだ。

そこ、なのだ。
遥の知らないところで、遥を大切に思っている人がいる、ということを、どうやって伝えればいいのか、薫には、まだ分からなかった。

目に見えない”優しさ”や”温もり”を、言葉にする方法が見つからなくて、昨日一日悩んだ挙句、メールに託したものの、それが正しい伝え方だったのかは、薫自身、今も確信が持てないでいる。

けれど、日々のほとんどが、家と図書館の往復で繰り返される遥の世界は、自分や矢崎が居なくなったら、きっと、すぐ色褪せてしまう。
こんなことを言ったら、遥は怒るに違いないけれど、やっぱり目が見えないことは、不幸とは言わずとも、不便だと思うし、初めての一歩を踏み出すのは大変に違いなくて。

(佐々木さんは、きっと、遥に新しい世界を見せてくれる人だと、思うんだけど)

それは、手帳に綴られていた彼の思いを見てしまったから、なのだ。
遥は何も知らない。
温かい想いを抱いた人が、隣で見守ってくれていることを。





無言のまま、答えられずにいた薫に、遥が根負けしたように息を吐いた。





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