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琥珀色に染まるとき
第26章 琥珀色に染まるとき
第二十六章 琥珀色に染まるとき
再び、湿った気配に空気を支配される季節が巡ってきた。しかし、決して同じ時間を巡りはしない。時は流れ、変化してしくものだから。
「しのの……じゃなくて、西嶋!」
執務フロアに響き渡る呼びかけに振り向けば、その声の主が歩み寄ってきた。
「明美さ、じゃなかった、小夜子さん来たぞ。……いろいろ紛らわしいな、もう」
小さくこぼす城戸に、涼子は柔らかな笑みを向けた。
「好きなように呼びなさいよ」
「いや、だめだ。名前は重要だからちゃんと呼ぶよ」
「なにそれ」
変なところで律儀な仲間に呆れていると、向かいの席に座る警護員がすっと立ち上がった。その男と城戸が肩を並べると迫力は桁違いに大きくなり、まるでそびえ立つ黒壁のようだ。
男は涼子を見下ろし、いつものしかめ面で言う。
「訪問客を待たせているのに、無駄口叩いている暇があるのか。西嶋さん」
「ないですね。では行きましょう、藤堂さん」
「了解」
低く返事をした藤堂は、今度はかすかに笑みを浮かべた。
藤堂とともに応接室へ向かいながら、今年は梅雨入りしてから一度も頭痛に悩まされていないことを思い出した。そんな些細な事実も自身の人生における大きな第一歩だ、と涼子は思う。
二度目の改正によりストーカー規制法が非親告罪化されたことも、なにかしらの心の変化を生んでいるのかもしれない。
「まだ慣れないか、苗字」
不意に隣を歩く藤堂が言った。
「ええ、変な感じです。病院で名前を呼ばれたときとか」
「身体は大丈夫か?」
「はい」
「そうか」
前を見据えたまま微笑む藤堂を見上げ、涼子は穏やかな気持ちで自身の下腹にそっと手を添えた。