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陽炎ーカゲロウー
第3章 朝餉
「なんだ、飯か。気が利くじゃねぇか。」

市九郎は怒ることなく、囲炉裏の前にあぐらをかき、鍋の中身を杓子でかき混ぜた。

「そこの木箱に椀と箸があったろ。出せ。」

赤猫はおずおずと、示された木箱から椀と箸を一組取り、市九郎に渡す。

きっと、食べさせて貰えないんだろうな。

さっきまでの高揚した気分が一気に沈む。

すると、市九郎は。


「お前の分は?まだ椀あるだろ?」


「た、食べても…いいの?」

恐る恐る尋ねる。

市九郎は奇妙な顔で、

「その為に作ったんじゃねぇのか?
まぁ食わねぇなら俺が食っちまうけどよ」


「食べたい…」

「なら椀取れよ。変なヤツだな、お前」

椀を渡すと市九郎が粥をよそってくれた。

はふ。

一口含む。

いい塩気と肉の出汁がでて、とても美味しかった。


食べながら、市九郎の様子を伺う。

「あ、あの勝手に米使って、怒らないの?」

「なんでだ?
この部屋にあるもんは何でも使え。欲しいもんがあれば俺に言え。
お前は俺のモンなんだから、俺がお前の面倒見るのは当たり前だろ。
…それにお前は、もうちっと、食って肉つけろ。そんなガラ骨みてぇな身体じゃ抱いたって気持ちよかねぇンだよ」

「は、はぃ…」

「それから。
この土間に湯桶を運ばせる。毎晩若えモンに湯運ばせるから、ここで湯使え。大方そのツラじゃ湯屋なンか行ったことねぇんだろ?」

確かに、火傷を負ってから、風呂など入ったことがない。
湯屋に行く金もなかったし、あったとしてもこの顔では入れてはもらえぬだろう。
夏場に、川や池で行水をするだけだった。
稀に、温泉とでもいうのか、温い水が湧く場所で身体を拭くことはあったが、そういう場所には他の人間もくる。いつでも使えるわけではなかった。

「糠袋も持って来させるから、それで身体を磨くんだ。お前は磨きゃァ光るタマだ。隅までキッチリ磨けよ。」

ニヤリと口角を吊り上げる市九郎の意図が掴めず、赤猫は戸惑った。

身体は磨いて光ったとしても、この顔は変わらぬのに…
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