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陽炎ーカゲロウー
第4章 過去
赤猫は、十の歳まではごく普通の娘だった。
長屋住まいの、決して裕福な家庭ではなかったが、優しい両親といたずら盛りの弟妹を抱えた、どこにでもいる娘だった。

あの日までは……

それは、彼女が十一を迎えた冬の夜。

「火事だ!早く逃げろ!」

父の怒声で飛び起きた。

父は、咄嗟に被っていた布団を土間に放り投げ、水瓶を倒して布団を濡らした。
重い濡れ布団を頭からかぶり、弟妹を、抱き抱える。

「サチ、母ちゃんと先に行け!父ちゃんはトメとテイを連れて行く!」

呆然とする彼女の手を母が引く。

幼子とは言え、2人を抱きかかえ、重い濡れ布団を背負っては動きが鈍い。

「父ちゃんっ!上ッ‼︎」

そこに、焼けた梁が落ちたー

「あんたァッ‼︎」

逃げようとしていた母が驚き、咄嗟に身を翻す。

「馬鹿野郎、来んじゃねぇ!逃げろ!」

梁と布団の下、父が叫ぶ。

「母ちゃん、早くッ!」

母の手を引き、後ろ向きのまま逃げようとしたところで、敷居に足を引っ掛け、仰向けに転ける。

彼女が見たのは、そこに倒れてくる火のついた戸板と、自分を庇って被さってくる母の姿。

母は戸板の下敷きになり、背中と足に酷い火傷を負った。

彼女は戸板が倒れた衝撃で割れた、火のついた木っ端が顔に当たった。
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