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禁断の果実に口づけを
第10章 普通に憧れる洋子


 「変わりたい、綺麗になりたいというお客様が居なければ、私の仕事は成り立ちません。
お客様のイメージを私なりに表現しながら切りました」


 「私のイメージなの?」

 「はい。
お客様はきちんとされた女性のイメージです。
少し髪の毛に遊びをつけてみる。
柔らかい髪質に流れを出して軽く見せ、髪型に和み的な要素を出しました。
後は、カラーをして最後に調整してみますけど宜しいですか?」


 「上手ね。
石黒さん。
あなたみたいに上手だと思う美容師に初めて出会ったわ」

 「有難う御座います。
恐縮しちゃいますが、お客様にそう言って頂けるのが何よりも嬉しいです。
私もお客様と相性が良かったみたいで嬉しいです」

 石黒は満面な笑みで私を見る。

 「相性?」

 「はい、相性です。
みんなに好かれる、必要とされるなんて難しいですよ。
そうなりたい。
けど上手くいかない。
上手くいかないから努力する。
努力で何とでもなるものばかりじゃない。
でも、私はお客様に綺麗になって貰いたい。
その気持ちだけは忘れずに対応してます」

 「有難う、石黒さん。
私もあなたを見習わないと。
とても気に入りました」

 「いえいえ、こちらこそ有難う御座います」


 棘のある洋子が謙虚になれる程、髪型も石黒も気に入ってしまった。

 『人を認めたなんて……
どれくらいぶりだったろう……』

 ずっと、解けなかった数式が、やっと解けて安心出来た様な気持ちに似ていた。

 笑顔が足りない私は見習わないとね!
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