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口琴
第5章 蒼い果実
時刻はもう昼近くになっていた。

蕾はまだ深い眠りの中。

無理もない。何しろ未明まで、その幼い躰を中條に弄ばれていたのだから…。

けたたましい蝉時雨が暗闇に響く…。

夜の蝉…?

瞼が重い…。

瞼の裏が、障子から洩れる自然光で明るくなるのを感じてはいたが…瞼が重い。

両手で目を擦りながら、ようやくその大きな瞳がうっすらと開いた。

まどろみながら辺りを見る。

そこに中條の姿はなかった。

布団の中の自分を見ると、制服ではなく、白地に紺の花柄の浴衣姿だった。

いつの間に…?

誰が…?

自分の躰を見ていると、夕べの情事がまざまざと思い出され、恥ずかしさと辛さと恐怖が甦る。

「…早く…逃げなくちゃ…」

起き上がろうとするが、お腹の筋肉と、股間が痛む…。

しかし、本当に痛いのは、躰より心だ。

また…涙が込み上げてきた…。

蕾は、誰にも訊けない問いを自分に問う。

私は、何の為に産まれたの…?

自分自身の存在価値を模索する。

答えは…出なかった。


…私って、普通の小学生の女の子?

皆のように遊んだり、笑ったりしていたいのに…。

…誰か…教えて…。


躰の震えが止まらない。

もう、一刻も早くこの場所を去りたかった。

痛みを堪えて立ち上がり、制服を探す。無い…。どこ…?


「お目覚めでしょうか?」

「!」

若い女の声…。

蕾は怯え、咄嗟に布団を頭からかぶり、息を殺した。

そんなことをしても、意味の無いことは分かってはいたが、咄嗟にこうすることしかできなかった。

暫くすると入り口の襖をそっと開けて、その声の主が入って来た。

「…失礼致します。ご入浴のお手伝いに参りました」

布団を頭から被っていた蕾は、その美しい声に誘われるように、そっと布団から目だけを出して声の主を見た。

それは、若いメイドだった。

黒いメイド服に白いエプロン、清潔なシニョンにまとめた髪には白いレースのカチューシャをつけている。歳の頃は十八か十九歳くらいで、左目の下の泣き黒子が魅力的な整った顔立ち、スタイルも均整がとれていて、とても美しい女性だった。

メイドは優しく微笑み、正座をして手をつき、深々とお辞儀をした。

「…あなたは?」

「はい。私はお坊っちゃまと蕾さんの閨(ねや)のお世話を仰せつかっております彩乃と申します。宜しくお願い致します」
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