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口琴
第6章 初恋
聖の返事を待たずに、蕾はハーモニカに唇を充てた。

艶々として、柔らかそうな紅い唇が、冷たい金属を温めるように、何度も左右に往復して撫でる…。

間接キス…。

聖の身体中の脈と言う脈が、激しく躍動し、血が沸騰しそうだった。

もはや、蕾の吹くハーモニカの音色など、耳には入ってこない。

「うふふっ。やっぱ難しいね?上手く吹けないよ。はい。ありがとう」

蕾から返されたハーモニカを、じっと見つめたま、ゴクリ…と生唾を飲み込んだ。

「聖君?…」

ハッとした後、下心を見透かされたかも知れないと動揺し、挙動がおかしくなる。

「ごめんなさい…。ハーモニカ勝手に吹いちゃって…。大切な物なのに…」

「いや…その…そうじゃなくて…」

「………?」

「お、俺、そろそろ帰るよ。家の近くまで送ってこうか?」

「ううん、大丈夫。一人で帰れるよ」

「そ、そっか…。じゃあ、気を付けて帰れよな」

蕾に送ることを断られ、またも下心を覗かせた自分を戒めるように、拳で自分の脇腹を叩いた。

「ウッ!」

「どうしたの?」

「…あ、いや…何でもない…」

「…あの…聖君…」

「ん…?」

蕾が深刻な表情で、聖を見上げる。

「…私…ちゃんと小学生の女の子に見える?…」

「…どうして?…」

「私…普通の…女の子に見える?」

「…ああ、見えるよ。何でそんなこと聞くの?」

「ううん、ならいいの。良かった…。ありがとう。聖君といると、私、ちゃんと女の子なんだなって…思えるの。聖君にもそう見えるなら、良かった…」

蕾は、胸が…熱くて…ドキドキして…幸せだった…。

涙がまた、頬を伝う。

「…何だよ。変なやつ。また泣いてんのかよ?」

「…うん…。嬉しいの…。また、会ってくれる?」

「え?…ああ…」

「ほんとに?」

「…また…その…歌ってくれよな?」

「うん!」

「じゃあな」

「またね」

長い髪を揺らしスキップしながら、何度も振り返って手を振る少女。

少年は、遠ざかる少女の姿をいつまでも見つめていた。

二人の胸の奥には、温かくて優しい何かが小さく息づいていた。

未経験で、とても不思議な感覚…。

これが"切ない恋"の始まりだとは、二人はまだ気づいていなかった。
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