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第12章 第五話　【夏霧】　　其の壱

　何より、陽太という想い人がありながら、伊瀬次の求愛を受け容れることはできない。伊勢次が我が身に寄せる想いが真摯なものであることを、お彩はよく心得ている。
「浮かねえ顔してるけど、また、何かあったのか？」
　気遣わしげに問う伊勢次に、お彩は低声(こごえ)で言った。むろん、話の内容が内容だけに他の客をはばかったのである。
「おきみさんという方が旦那さんをお訪ねになってきたんです」
　その台詞に、伊勢次は大仰にも見えるほど愕いた。
「おきみ―、それって、もしかして、以前(まえ)　にここに勤めてた女かい？」
「ええ」
　お彩が小さく頷くと、伊勢次が訳知り顔で頷いた。