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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第13章 第五話 【夏霧】  其の弐
 その翌朝、まだ夜も明けやらぬ暁方。
 江戸の町は眠りの中にあった。その江戸の町を深い霧が包み込んでいる。夏霧である。
 通常、霧は秋の季語であるが、特に夏に発生する霧を夏霧と呼ぶのだ。川の上流域などでは、水温が上がらない午前中、辺りが冷やされて霧が発生しやすくなる。
 白い靄の底に沈んだ江戸八百屋町は普段の喧噪や賑わいが嘘のように、まるで別世界であった。いつもの見慣れた景色がまるでこの世のものではないかのようだ。
 お彩と喜六郎はその時刻、和泉橋のたもとにいた。夜明け前とあって、空はまだ夜の名残を残し、薄い藍色がひろがっている。今は白い霧に覆われて、すぐ手前に見えるはずの松平さまのお屋敷の門も見えない。数歩先は白い幕に閉ざされて、周囲は幻想的な雰囲気が漂っていた。
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