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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第1章 第一話―其の壱―
 お彩は先刻からある客のことが気になって仕方なかった。狭い店の片隅に座って、男が酒を呑んでいる。手酌で注いだ酒をゆっくりとした調子で干しながら、つまみの金平を箸でつついている。歳の頃はまだ三十前といったところだろう、紺色の着物を着た姿はお店者のようにも見え、なかなかの男ぶりであったが、どこか得体の知れぬ危うさのようなものがある。
 男が店に初めて入ってきたときのことを、お彩は忘れようとしても忘れられない。いつもなら誰か客が入ってきたら、「いらっしゃい」と愛想の良い声をかけるのはもうお彩にとっては身に付いた習性のようなものになっていたが、特定の客に注意を引かれることはなかった。
 なのに、その男をひとめ見た瞬間、自分の周囲を流れる時間が止まったように思えた。魅せられたのは男のすっきりとした容貌だけではない。男にはどこか女心を妖しくざわめかせるような危険な雰囲気があった。
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