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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第14章 第六話 【春の雨】  其の壱
 恐らく、この二人は夜桜見物の帰りではなく、随明寺門前の出合茶屋から出てきたのに相違ない。二人の親密な行為には情を交わしたばかりの男女特有の秘密めいた雰囲気が漂っていた。
 お彩は、しっかり者ではあっても、そういった世の男女の事については疎い。そんなお彩ですら、すぐ手前をぴったりと身体を寄り添い合わせてそぞろ歩く二人の態度がただの友達といった、そんなものではないことは理解できた。
 お彩は眼りやり場に困り、うつむきがちに歩いた。顔を開ければ、どうしても前の恋人たちが眼に入ってしまう。が、伊勢次と二人きりでのこの状況では、そんな場面には叶うことならば遭遇したくはなかった。
 お彩は心の中で、喜六郎を恨めしく思った。今夜ばかりは、喜六郎の気遣いもかえって裏目に出たようだ。もし伊勢次を必要以上に意識することさえなければ、申し分のない夜になっただろう。
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