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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第19章 第八話  【椿の宿】
 小さな一膳飯屋だが、主人の喜六郎は若い時分、上方で本格的な板前修業をしたこともあるとかで、飯屋の主にしておくには惜しいほどの腕前であった。
 二月ともなれば、温かい日は早春を思わせるほどの陽気になることもあり、陽の光にも何とはなしに明るさを感じるものだ。しかし、今日は冬そのものの鉛色の雲が江戸の町を覆い、今にも雪が降り出しそうな空模様である。
 とはいえ、今年はいつもに比べれば雪の少ない年で、この冬にも雪降りの日は数えるほどもない。
「ただいま、帰りました。遅くなっちまって、あい済みません」
 お彩が暖簾をかき分けて店の内に入ると、奧の板場から張りのある声が返ってきた。
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