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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第27章 第十一話 【螢ヶ原】 其の参
だが、それは、かえって市兵衛という男の奥深くに巣喰う闇を映し出しているようにも思え、底知れぬ怖ろしさを感じる。
「もう一度だけ、訊く。その腹の子は本当に伊勢次の子なのか?」
お彩は市兵衛の視線を真正面から受け止め、頷く。
「お前までがあの女と同じで私を裏切るのか」
無数の冷たい雪片を思わせる声がして、お彩の心を打ち砕いた。
これと全く同じ台詞を市兵衛は以前にも一度お彩に言ったことがある。あれは去年の春まだ浅き日、市兵衛に最初の別離をお彩が切り出したときのことだ。あの頃、市兵衛とお彩は出合茶屋でひそかな逢瀬を重ねていたが、お彩はそんな拘わりに疑問を抱き、市兵衛に自ら別れようと申し出たのだ。
「もう一度だけ、訊く。その腹の子は本当に伊勢次の子なのか?」
お彩は市兵衛の視線を真正面から受け止め、頷く。
「お前までがあの女と同じで私を裏切るのか」
無数の冷たい雪片を思わせる声がして、お彩の心を打ち砕いた。
これと全く同じ台詞を市兵衛は以前にも一度お彩に言ったことがある。あれは去年の春まだ浅き日、市兵衛に最初の別離をお彩が切り出したときのことだ。あの頃、市兵衛とお彩は出合茶屋でひそかな逢瀬を重ねていたが、お彩はそんな拘わりに疑問を抱き、市兵衛に自ら別れようと申し出たのだ。