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先生と私
第1章 冷たい指
「今日はどんなことをしましょうか」

私をじっと見つめて先生は微笑んだ。指先がグラス越しに伸びてくるのが見えた。キャンドルに照らされたテーブルの上に掌をそっと置き、私は冷たいその指先を迎えた。

細く長い指は私の掌の傷と指とを思わせぶりに動く。この艶めかしい指が、いつも激しく優しく私を愛撫し、慰め、癒す…と同時に、悩ませる。

「先生のお好きなように」

指先の戯れで、私の甘く淫靡な妄想は膨らむ。先生は、そんなふしだらな私を見透かし、そして試す。突然、絡められていた指が私から離れた。

訝しげに顔をあげると、ウェイターが恭しく料理をこちらへと運んできていた。そして、湯気があがる皿を丁寧にテーブルの上に置いた。

置き去りにされて、取り残された私の手…は近くにあったグラスをゆっくりと持ちあげた。そして私は一口分ほど残って居たワインを飲み干した。

運ばれてきたシャトーブリアンの香ばしいかおりが鼻をくすぐった。

「柔らかいですね」

先生は確かにそう囁いた。その呟きを聞き、ウェイターは満足そうに立ち去った。

「本当に…。」

最初の一切れを口にした。先生は無口だ。だけど寧ろそれが、気楽で良い。よくある沈黙の居心地の悪さを言葉で埋める必要も無いから。

「いえ…僕が言ったのは、あなたの指のことですよ」

先生は空っぽになった私のグラスに、おもむろに二杯目のワインを注いだ。
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