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先生と私
第4章 困惑
入り口には「周防透流の世界」という看板が立っていた。ドアを開けると、ぽってりとしたオイルペイント独特の匂いがした。

受付にはあの青年がいた。

「先生すぐ戻ると思うんで…ご覧になってて下さい。」

パンフレットを私にくれた。青年は私を覚えていたようだ。

広い館内には、誰もいなかった。肖像画や静物、風景など色々な種類のものがあった。柔らかなタッチで写真のように描かれているものもあれば、力強い色合いで描かれているものもあった。美しい少女、武骨な老人、隆々とした筋肉を持つ男性のヌード…。描かれている人物も様々だったがどれも素朴で温かい印象を受けた。

通路をゆっくり歩くとコツコツと靴の音が響いた。

大きな美しい海辺の絵が目に留まった。太陽の光が強く、浜辺には真っ白なワンピースを着た女性がつばの広い大きな帽子を被り、そっと手でそれを押さえていた。黒いウェーブのかかった髪の毛は、海風に揺れているようだった。

…どこの海だろう。

他の絵とはどこか違う雰囲気があった。

「この女性は僕の母です。」

振り返ると、小柄な男性が立っていた。そうなんですか…少し寂しそうに見えますねと私が言うと、周防は私の顔をじっと見つめた。

「母のイメージはいつも寂しそうだったんです。憂いがあると言うか。もうずいぶん前に死にましたが…。」

私は何も言えずに絵を眺めた。

「先生をお待ちなんですよね。僕、周防って言います。」

私はそっと頭を下げた。

全てあなたが描いた絵ですか?フロアを見渡した。

「はい…ずっと描き溜めていたものです。先生の力添えで、仕事を少し貰えるようになって、やっとここまで来れました。」

食べていくのは、ギリギリですけれど…と言って爽やかな笑顔を浮かべた。何か仕事があったら下さいと言って名刺を出した。私もです…名刺はないんですが、ピアノを弾いてます。と言って、電話番号をメモに書いて渡した。先生がドアから入ってくるのが見えた。

「お待たせしました。では、閉めましょう。」

先生はにこにこと笑っていた。

「じゃあ僕は…失礼します。」

周防はさっさと帰って行った。
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