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蒼井シリウスさんの日記

ベリーショートショート その11
[作成日] 2015-04-04 10:19:58
『半袖』

彼の住んでいるところはわかっていた。
彼は私には話さないけれど、この前二人でドライブに行ったとき、こっそりカーナビの『自宅』のボタンを押してみた。
彼は自宅を登録していた。
日曜日の朝。
昨日の夜「明日は接待ゴルフなんだ」と言っていた。
彼は今日は家にはいない。
電車で来た。
駅からは歩いた。
地図と記憶を頼りに。
初夏の日差しが肌を刺す。
日傘をもってくれば良かった。
静かな住宅地の坂道を登る。
ここら辺だ。
庭付きの大きな家ばかりが道路の両脇に並んでいる。
表札を一軒一軒見て歩く。
息が切れた。
汗を拭う。
足が止まった。
心臓がどくんとなる。
あった……。
彼の苗字。
大きな白い壁の家。
首の高さほどの生け垣に囲まれていた。
中から、きゃ、きゃ、と子どもの笑い声がする。
とっさに頭を低くした。
そのままの姿勢で中をのぞき込んだ。
芝生の庭だ。
小さな女の子だ。
耳の長い子犬が、彼女を追い回している。
ウッドデッキにそのひとがいた。
白い半袖のワンピースを着ていた。
後ろにゆるく束ねた長い黒髪。
体の線が細く、きれいなひとだ。
私より大分年上。
彼と同じくらい。
誠実そうに見えた。
屈んで籠から洗濯物を取り出す。
広げる。
白いワイシャツ。
彼のワイシャツ。
襟をのぞく。
胸の辺りに鼻をくっつける。
ハンガーに掛ける。
白い半袖から、細くきれいな腕が空に伸ばされた。
彼女の白いワンピース。
彼の白いワイシャツ。
青い空に映えた。
生垣の葉を握りしめた。
半袖の奥の脇の下がのぞく。
きれいな脇だ。
どれだけの手入れをすれば、ああなるのか分かる。
しゃがんだ。
手を広げ女の子を呼ぶ。
スカートの奥にショーツが見えた。
白い。
昨日の彼を思い出す。
まだ体の中に彼の余韻が残ってる。
お腹を押さえる。
女の子が彼女に抱きつく。
笑い合う。
女の子が彼女のお腹に耳を当てた。
見つめ合う。
息が止まる。
脚に力が入らない。
そのまま生垣をこすりながら、ゆっくりとしゃがみこんだ。
そう……。
あなたは愛してはいけないひとじゃなく、決して愛してはくれないひと……。
私はお腹を見つめ、撫でた。
空を見上げた。
澄み切った青い空。
心が決まる。
愛し続ける勇気を私は……それでも捨てない。
私はゆっくりと立ち上がった。



今井美樹の曲『半袖』をモチーフにしました。

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