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蒼井シリウスさんの日記

官能ショートショート その1 『デジタル腕時計』 前編
[作成日] 2017-08-01 12:58:37
村外れのバス停。
朝もやが、田植えが終わったばかりの水面近くを漂っている。
肌寒さに、持っていた風呂敷包みを抱きしめた。
ここにはあたいの持ち物すべてが入っている。
明け方近くこっそり宿を抜け出し、二時間かけてここまで歩いてきた。
十六才から二年間丁稚奉公をした温泉宿。
でも後悔はしていない。
これからあたいはあのひとと一緒に東京へ行って、あのひとのお屋敷で一緒に暮らす。
あのひとからもらった腕時計を見た。
それは数字が表示される変な時計だった。
数字は『651……』と読めた。
「これはな、デジタル時計といっていうんだ。まだ日本でも数が出回ってないんだぜ」
そう自慢げに言ったあのひとの顔が浮かぶ。
「俺と一緒に来い。ここを出よう。東京で俺と一緒に暮らすんだ」
一昨日の晩、あのひとは布団の中で、あたいを抱きしめながら言った。
「一緒に暮らす?」
「そうだ。俺の嫁になるんだ」
「え! あたいが、あんさんの嫁さんに?」
「そうだ。俺は決めた。俺はお前にしんぞこ惚れちまったんだ」
「そんな……あたいはこの旅館の女中の身だ……家にも仕送りしちゃなんねえし……」
「金のことは心配するな。俺は東京の米問屋の長男だ。金なんかうなるほどある。お前が嫁に来たらお前の家の借金も返してやれる、な? 千歳」
あのひとは真っすぐあたいの目を見つめた。
あのひとがこの宿に現れたのは、二週間前。
「十日ぐれえ、厄介になるよ」そう言ったあとに、ここら辺の自分の持ち物の田んぼの田植え具合を見に来たのだと言った。
そしてあのひとは毎晩、豪勢なお膳と酒を用意させた。
あたいがその部屋付け女中になった。
女将さんからは、決して粗相のないようにときつく言われた。
一週間ほどしたある晩だった。
あたいはあのひとに手籠めにされた。
抵抗しようとしたが、女将にお前が俺に粗相をしたと言いつけるぞ、と脅された。
あたいは痛くて泣いた。
あのひとは、終わった跡を見て、驚いたようだった。
「お前、生娘だったのか?」
あたいはこの歳まで、宿の外の世界も、もちろん男のことも知らなかった。
それからだった、あのひとが優しくなったのは。
仕事が終わった夜更け、いつしかあたいは、あのひとに乞われるままに、部屋に忍び入り、あのひとに抱かれた。
自分でもわからなかった。

つづく……。

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