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その他・彼女の小さな肖像

私が何者であるかは、この際どうでもいい事。

私達は、寂れた田舎町の片隅、一軒の古い屋敷の前にいた。表札には、かつて新進気鋭の才能として注目を浴びたものの、程なくして姿を消した、とある女性画家の名前が記してある。一時の流行に捉われる余り、終いには何を描いていいのか分からなくなって鬱状態となり、長い間、この地で静養しているらしい。今でも彼女の身の回りの世話をしている彼女のアシスタントは、ここへ案内する道すがら、あくまで一時の休養である事を強調し続けた。
何が描かれているのか皆目見当のつかない沢山の絵に囲まれながら座り込んでいた彼女は、私の姿を認めるや否や、嬉々として問いかけてきた。
〝御本の挿絵を依頼に来られたの?それとも、どちらかの美術商の方?〝ご期待に添えず申し訳ないが、私はそういう者ではありません〝
〝全く!私の周りにいる人達ときたら、芸術もわからない木偶の坊ばっかり!〝
皮肉めいて視線を向けられた、彼女より年嵩にみえるアシスタントが、代わりに彼女の非礼を詫びた。充分承知の上であり、心配に及ばない旨を伝えながら、何の感興も呼び起こさない幾多の絵に埋もれそうな、一際小さい、さればこそ愛らしさも増す一枚の肖像画に、ふと目を留めた。
〝それ、私を描いてくれたんですよ。彼女が注目されるより、ずっと以前の絵ですけど、今でも私はそれが一番好き〝
〝その程度のものなら、安くでお譲りしてもよくってよ〝

当のアシスタントにだけは明らかにした私の素性も、今となっては、本当にどうでもいい事。
訳もなく姉に八つ当たりされる日々が、これからもずっと続くであろう事を、全く意に介する風でもなく、その絵を誰にも取られまいと両手で抱きしめる横顔には、今でも尚、僅かばかり、肖像画の面影が残っている。

[作成日]2023-12-31
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