第5回 官能小説コンテスト 受賞作品
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大賞隷吏たちのるつぼ作者 江口浩一郎SM・調教・陵辱麗しき新人職員たちは、姦邪の男によって隷吏へと堕とされていく
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小林弘利先生
今回の第一位に選出されましたが、それはミステリーベスト10でいわゆる「いやミス」が1位になった、という感じです。
これはこれでもか、というほどの加虐趣味にあふれた作品。
性愛によってアブノーマルな世界に堕していく人間を見つめるのはいいし、狂気に落ちていくさまを見せるのもいい。
けれどこの作品に欠けているのは正気と狂気、ノーマルとアブノーマルの境界線上でぎりぎりふんばろうとする理性です。
超えてはならない一線。それを超えてしまう瞬間。アブノーマルな世界へと落ちていく自分を許してしまう、その瞬間。
それこそが作品の要であり、読者を作品世界へ引きずり込んでいく鍵だと思うのですが、この作品の二人のヒロインはどちらもその「ぎりぎりふんばる理性」を見せてくれませんでした。
そういう場面はあるにはあるけれどもっと踏み込んだ筆致が欲しかったように感じます。いとも簡単に狂気に落ちてしまう。
それが他の作品にも感じたハードルの低さ、です。
この作品は媚薬という魔法で高嶺の花の女性たちを狂わせていきますが、それがなんとも安易に感じました。
加虐シーンの描写力は上手なので、今後はもう一歩、人間の理性からタガが外れていく様子をじっくりと見つめて欲しいと思います。 -
神田つばき先生
まずは言語センスの高さで群を抜いており、作者の造語をふくめて愉しませてもらいました。それでいて美的に溺れず、征四郎というモンスターを創りだしたところに作者の自信と力量を感じ、感嘆します。
およそ女性読者に好かれる要素はない、この「黄ばんだすきっ歯」の男に母への恨みというコンプレックスを与え、従来の携帯官能小説にはいなかったダークヒーローを誕生させました。こんなにも醜悪で、同情の余地がなく、それでいてこんなに気にかかる悪役がいるでしょうか。桐野夏生先生の『残虐記』に登場する卑劣な誘拐犯・ケンジを思い出しました。
また今回、「秘密」を軸に展開するストーリーが多いなかで、無垢なヒロインが友人を陥れるまでに淫欲に溺れる、その説得力の強さ。ヒロインもまた男尊女卑な父親によって傷つけられていること。中央の伝達が行き届かない地方の公務員の閉塞感。前半での精細な描きこみが、智咲の堕落をカタルシスにも見せていて、ピエール・ド・マンディアルグの『城の中のイギリス人』に匹敵するパワフルな官能に屈服です。 -
大泉りか先生
過去4回の間に送られてきた凌辱系の作品の中では、筆力がもっとも高いのではないでしょうか。ふたりのヒロインのキャラ立ちはばっちりですし、プレイがバリエーションに富んでいて、物語が進むにつれてエスカレートしていくのも、きちんと官能小説の定石を踏んでいると思います。
汚物については、もしかして拒否反応を示す読者の方もいるかと思いますが、そもそも各々の性欲に基づいて読まれる官能小説は、すべての読者を満足させることに無理がある。ならばこれくらい行き切ったほうがインパクトを与えられます。文句なしの大賞作品です。おめでとうございます。 -
深谷陽先生
主人公が本当に醜悪で、作品として「好き嫌い」を問われれば、嫌いかもしれません。
でも文章の迫力、官能表現の執拗さ、ノミネート作品の中で、圧倒的に「力がある」ことは否定できません。
主人公が美女を屈服させる決め手が主人公自身の手管や工夫ではなく「東南アジアの謎の媚薬」なところ、屈服後の女性たちのあまりの従順ぶりが少々都合よく見えて残念ではあります。 -
片桐由摩先生
総評でも触れましたが、今回の中で頭一つ、いえ頭三つくらいは官能度が突き抜けていました。スカトロプレイも入るため、読む人を選ぶだろうことは承知の上、ここまで書き切った江口さんの情熱は素晴らしいと思います。
タイプの違うヒロイン二人を快楽の奴隷にしてゆく征四郎はダークヒーローの貫禄さえあり、硬質な言葉選びと相俟って江口ワールドともいえるものを展開していました。
これだけでも充分面白いのですが、欲を言えば媚薬に頼り過ぎたところはあると思います。
特に悠香梨の方は気が強い設定ですから、彼氏などをもっと上手く使い、更なる狡猾な罠で心理的に引きずり落とすような展開も読んでみたかったなというのが本音です。
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特別審査員賞
該当者なし
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優秀賞それを、口にすれば作者 ももは不倫・禁断の恋ある日を境に一変してしまう日常
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小林弘利先生
スワッピング、というのは官能的なシチュエーションだとはあまり思えませんでしたが、物語が終始、ひとりの主婦の心の動きに寄り添っていて、起こる出来事も日常の隣りにある非日常というものを上手に描き出していたと思います。
主人公が結城という男に惹かれていく様子はよくわかるのだけど、結城のほうがなぜ主人公を「特別」だと感じ「ルール」を逸脱していったのか、そこがもう少し描き込めていたら良かったと思います。
脇の最低な人間たちが本当に最後まで最低だったのは良かったです。
珍しく「匂い」を描こうとしていたり心と体の乖離を描こうとしたり、そういう部分を僕は評価します。
狂ってしまう。その状況を提示しながら狂気に落とさなかったのは作者の筆力の限界なのか、やさしさなのか、どちらにしても理性と狂気の境界線を踏み越えようとする作劇は好きです。
去年の講評で書いたのはこういう作風を求めていた、ということだと思います。ただし、だからといってこの作品が最高に面白かった、というわけではないし、官能小説として上出来だった、とも思えません。
性愛場面に愛と優しさと一体感が描かれ、それが暴力的に破壊される展開も良いのですが、それらの場面の描写力、官能度はいまひとつだったように思います。 -
神田つばき先生
妻を蔑む夫の態度とセリフにリアリティがあり、小説としてしっかり成立しています。理沙子の変容がとくにおもしろく、人間の醜さと清らかさを同時に描こうとする作家の意欲を感じますし、おもしろい綾となっています。団鬼六先生の『花と蛇』の調教ショーのシーンを思わせる、これでもかというほどの倒錯した官能が描けていました。ラスト、結城が救出に現れてからが急すぎる感はあり、ここに少し余裕があるとなおよかったと思います。 -
大泉りか先生
スワッピングという、誰がどう見ても、エロス/官能を主軸においたストーリーでありながら、濡れ場以外のエピソード部分も、面白く、本当にちょうどいい長さと展開の具合で描かれていること、また、文章力の高さから、とてもいい意味でストレスなく、すらすらと楽しく読める作品です。
濡れ場もしっかりと描かれていて、「官能小説」の公募に応募するに、相応しい作品だと思います。キャラクターもみな個性が立っていて、各々がその行動に至る必然性がきちんと読み取れ、そのおかげでイキイキと自然に、物語のなかで動いており、とても魅力的でした。
文章力も高いですし、大賞を取ってもおかしくない作品だったと思います。タイトルも作品のキモを表していて、上手いと思います。 -
深谷陽先生
面白かったです。
特に、ヒロインの夫の憎々しい小悪党感と、一見好人物でいて実はとんでもない隣の奥さんの両悪役が非常に上手く物語をよく転がしていたと思います。
上手にイヤな感じに描けているのでその末路は爽快です。
終盤、助け出されて以降エンディングまでが少々急ぎ過ぎな感も。 -
片桐由摩先生
文章も安定していて、最後まで一気に面白く読めました。最初は明るくフレンドリーだった隣家の妻が実は……そして勤め先も……という流れも巧みでした。
エッチシーンも丁寧に書き込まれており、こういったネタがお好きな方には深く刺さるものがあると思います。
ここからは個人的な我が儘になるのですが、そんな一癖も二癖もある登場人物の中、相手役となる結城がやや物分かりが良過ぎたかなという気もします。
彼も以前は妻と共にあれこれしていたらしいので、優雨に対してもその部分が垣間見えるとキャラに深みが出て、二人の関係も更に濃密になったのではないでしょうか。
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優秀賞琥珀色に染まるとき作者 莇 鈴子恋愛・純愛女ボディーガードとバー店主――過去の記憶に縛られながらも惹かれ合う二人の物語
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小林弘利先生
官能小説というよりも恋愛小説としてよく書けていると思います。
性愛場面も男性目線の加虐的な言葉や描写が避けられ、とても品がありました。
ボディーガードとしてのヒロインの立たせ方にもうひと工夫欲しいと思いましたし、偶然に頼りすぎている作劇も気になりましたが、ラブストーリーというのはそういう偶然という名の運命を描くものでもあると思うので許容範囲です。
官能小説、としては性愛を中心にした話ではない、という部分で減点ですが、他の作品とくらべて筆力の高さを評価したいと思います。 -
神田つばき先生
前回の講評に「アウトプットだけでなくインプットにもっと時間を割いてほしい」と書きましたが、たとえばこの小説のように「ビル・エヴァンス」に「モルトウイスキー」が登場すれば、それだけで世界が広がって映画を観ているような気分で読めるものです。今、注目されている民間SPという職業もふくめ、ふだんから情報収集し、設定を練って書いていることがうかがえます。男性のセリフにリアリティがあり、携帯小説によくある都合のよさ、展開の甘さを回避できています。観念的なセリフが長く続く箇所があるので、そこは少しメリハリがほしいところ。 -
大泉りか先生
力作ですね。ストーリーがよく練られていますし、たくさんの伏線がきちんと回収されるのも、とてもよかったです。
ヒロインは、複雑な過去を持ち、傷を持った女性という設定ですが、その割にはあまりセックスにトラウマがないふうなのが、ちょっと気になりました。また、セックスシーンに展開が少なく、単調で物足りなさも感じました。全体的に少し冗長にも感じられたので、もっとページ数をつめたほうが、さらに読みやすく、内容の詰まった作品になったようにも思えます。 -
深谷陽先生
バーテンダーは個人的に憧れの職業で、そのせいかキャラクターが魅力的で視点(語り役)の移動も計算されて効果的で、上手さを感じました。
ただキャラクターや舞台や酒、匂いなど道具立ての魅力に対して展開はややもったりとして、もっとスリリングなスピード感があれば…というのが残念なところです。 -
片桐由摩先生
文章を丁寧に書こうという気持ちが滲み出ていて、とても好感の持てる作品でした。
ただ本当に、本当に惜しいのですが、ヒロインの涼子が過去にあれだけの凄惨な性体験を受けていながら、西嶋との初めてのキス、初エッチがするすると進んでしまうことに大きな違和感がありました。
フラッシュバックまでいかずとも、無意識に身体が過去を思い出すような描写がもっとあっても良かったのではと思います。
結果として、彼女が何と対峙しようとしているのかがぼやけ、世界観が弱くなってしまったのが本当に、本当に惜しいです。
その部分の減点さえなければ『隷吏たちのるつぼ』と一位を競った可能性も充分にある作品なので、次はキャラの掘り下げを意識して新しいお話を書いていただきたいと思います。
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優秀賞女王のレッスン作者 西条彩子SM・調教・陵辱「自由になりたくて彼女らは縛られたいと願うんだ」
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小林弘利先生
基本はハウツー小説でした。ハウツーとしては存分にその要求を満たしていると思います。そして物語の中心に性愛がある、という部分が良かったです。
さらに緊縛場面で最も大事にされるのが愛と優しさと相手へのリスペクトである、というのもSMという世界から想像される加虐的な描写よりも大事にされているのが良いと思いました。
その分、物語がフラットで盛り上がりやひねりがなく一本調子であったとも思います。そしてこれは他の候補作も同じですが日常の場面での同僚や友人との会話がつまらない。
こういう余白部分の会話に作者のセンスや人間観察力が現れます。もうすこし日常を面白く描くことに気持ちを向けてもいいと思います。
そうするからこそ秘められた世界、非日常の世界、性愛に溺れていくトリップ感が浮かび上がってくるからです。 -
神田つばき先生
ここまで緊縛の手法を精細に書いた小説はなかったと思います。海外でも緊縛のワークショップがひんぱんに開かれ、現代アートとしても認識されている今、緊縛体験から官能ライターに入っていった自分としては、とてもうれしく思います。「緊縛」「SM」というと力んだ設定から入る作家が多いなか、日常的な光景から書き出す文章のうまさにも舌を巻きました。あえて難点を言うならば、前半ほとんど視点が変わらないところ、場所の変化に乏しいため意外性が乏しいところです。最初の彼氏はキャラクターがよかったので、何か思いもかけないかたちで後半に登場してもよかったかも。
ぜひまた緊縛小説を手がけてほしいです。期待しています。 -
大泉りか先生
とても面白い作品でした。このような応募作品は初めてではないでしょうか。作者自身のリビドーや性欲、そして伝えたいことがしっかりと感じられる作品です。
SM・緊縛師の世界について、相当きちんと取材がされているところも素晴らしいと思います。いったいどこで取材をしたのか気になります(笑)。
主人公たちの言いたいことを、そのままセリフで処理していることが多いですが、それをエピソードやちょっとした行動で表すことが出来ると、より説得力が出ると思います。 -
深谷陽先生
個人的には一番好きな作品です。
「緊縛」というのが自分にとっては全く未知で、それでいて大変興味のある分野なのでヒロインと一緒にずるずると作品世界に引き込まれて行ったような。
非常によく取材されているし、文も好みです。
「愛してる。でもそれだけ」とか「二人だった」とか効かせどころの表現は勿論全体的に、何気ない部分でも感情を言葉に乗せて表現するのが、とても自然で上手い、と感じました。
登場人物たちの「カッコよさ偏差値」も非常に高いです。
ただ、ヒロインが直接体験する部分は非常に良いのですが他の人物の描写は回想の伝聞が多く「今、目の前で物語がうねっている」という迫力にやや欠けた感はありました。 -
片桐由摩先生
「緊縛」というなかなか斬新なものがテーマで、個人的に今回のノミネート作品の中で『チャレンジ賞』的なものを差し上げたいくらいです。文章も達者で、とても読みやすい作品でした。
登場人物もみんな魅力的な善人で、こういった知人や仲間に囲まれたら楽しいだろうなと思いながら読み進めました。
ただ、作品としてはその「魅力的な善人ばかり」が裏目に出てしまった感があります。
物語には起承転結が必要ですが、ライバル、悪役といった引っかき回し役が足りず、平坦な印象になってしまったのが惜しいです。
次は是非、物語の緩急を意識してみて下さい。
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優秀賞桃色フラストレーション作者 藤丸えま妄想ランチタイムで時々一緒になる会社員との妄想ばかりしてしまう、セカンドバージンOLの日常。
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小林弘利先生
女性目線で語られるのがいいと思うし、性愛を中心とした話になっていることも好印象。
そしてじつは光は、という展開も少女小説のような単純明快な女子の願望充足小説として、きちんと機能していると思います。
ヒロインが出会う人にモテまくるのも、やはり願望充足に徹していてそれがわかるけれど小説として物足りない印象でした。
登場人物たちに嫌味がなく加虐も被虐も適度なマイルド感があり、素直に読めました。けれどそのマイルド感が逆に物足りない。
エロい、エロい、と繰り返されても読みながらエロい気分にはなれなかったのは、やはり登場人物の個性がマイルドで、出来事に対するリアクションにも意外性がなくありきたりな印象だったからだと思います。 -
神田つばき先生
すんなりした話だが官能描写が多く、女性のためのベッドサイドストーリーとして優秀だと思います。性欲も興味も強いヒロインをステロタイプにせず、行為中の心理もしっかり描いています。ラストがシンデレラストーリーになるのはいいとしても、シンガポールに到着してからの光のセリフが説明的に感じました。千代の疑問を地の文で語らせて、光がセリフで解き明かす、というような処理をするだけでもっとおもしろくなると思います。 -
大泉りか先生
テンポのいい作品です。濡れ場もたっぷりで、作者のサービス精神に好感が持てます。
ちょっとご都合主義なところ(ヒロインがモテすぎ等)が多々あるのが気になりましたが、読む快感や楽しみを、第一に置いてあるということを考えると、許容範囲の範疇だと思います。
タイトルもいいと思います。たったふたつのセンテンスでしっかりと内容を表していて、センスがあると思います。 -
深谷陽先生
行間を空けた描き方、ヒロインの正体や主人公の身の上に起こった出来事の隠し方、見せ方などが丁寧に考えられていて、読みやすく面白かったです。
主人公の抱えた空虚感が、上手く作品全体の雰囲気にもなっていると感じました。個人的には大変好きです。 -
片桐由摩先生
ありそうでないような、エッチ大好き同士の恋愛模様で、個人的には大好きなノリでした。
文章も書き慣れた感があり、表現にも独特の個性が光っていました。
カテゴリとしてはTLになると思いますが、重くなり過ぎず、まさにハッピーエンドというオチで読後感が良いのは大きな魅力だと思います。
ただ「恋愛」として見た時「身体から始まる関係」は全くもって問題ないと思うのですが、その後もずっとエッチシーンがメインなので二人の感情的な結びつきが今一つ足らない気がします。
エッチも大好きだけれど、お互いの中身も好きなんだよ、というものが明確に伝わるエピソードがあっても良かったのではと思います。
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官能小説コンテスト
大人の恋愛小説コンテスト