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【遊女は男に惚れさせても、惚れちゃいけないよ】

～朝鮮王朝期、本土から遠く離れた宗州島で繰り広げられるピュアで切なく、哀しい恋物語～
楊香蘭は15歳。6歳で両親を失い、二歳下の妹玉蘭と共に妓房に引き取られた。月日は流れ、美しい舞姫となった香蘭は、早くも男たちが水揚げさせて欲しいと殺到するほどの美少女に成長した。
香蘭には夢があった。それは、いつか相惚れとなった男に晴れて嫁ぐことだ。だが、いずれ妓生になる宿命の香蘭は、けして見てはならぬ夢であったー。

******本文より抜粋
　「香蘭。自分の心を無理に曲げないで。童妓はいずれ妓生になるのが定められた道だとしても、そなたが嫌なら嫌と大きな声で言えば良い。私は明日、宗州島の牧使を訪ねてみる」
「判った。あなたを信じて待つわ」
　ハンスが香蘭を引き寄せる。もう香蘭は慌ても抵抗もしなかった。彼は香蘭の黒檀の髪に顎を乗せ、彼女の香りを嗅いでいるようだった。
「私は香蘭を誰にも渡さない」
　別れ際、ハンスは海沿いに咲いていた飛燕草を二輪だけ摘んだ。今夜はどちらも濃紺の花である。
「香蘭も私と同じ想いになってくれたから、これからは同じ花の色だ」
　（中略）
　ハンスが真摯な面持ちで言った。
「約束する。この花が散るまでに必ず牧使と話をつけて、青海楼を訪ねる。ゆえに、けして自棄を起こしたり早まったりはしないでくれ」
　想いのこもった言葉に、香蘭は深く頷いた。
「廓の近くまでそなたを送ってゆきたいが、今は目立たない方が良いだろう。一人で行けるね？」
　優しい声に涙が出そうだ。
「じゃあ、また」
ーあなたが逢いにきてくれるのを待っているわ。
　彼の負担になりたくはないから、言葉にはしなかった。代わりにありったけの気持ちを瞳に込めて見つめた。
　ハンスの眼差しも月明かりに切なげに揺れていた。
「愛している。大好きだよ、香蘭」
ー私もよ、ハンス。大好き。愛してる。
　香蘭はくるりと回れ右をして、歩き始める。後ろは振り向かないと決めていた。彼の顔をもう一度見たら、泣いて縋ってしまう。
ー帰りたくない。ずっとあなたの側にいたいから、一緒に逃げて。
　きっと懇願してしまうだろう。もしかしたら、彼は一緒に逃げようと言ってくれるかもしれないけれど、所詮、一時の逃避行にすぎない。すぐに廓の追っ手に捕まり、二人ともに残酷な死を迎えるだけだ。