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お礼の時効
第5章 あなたは私が守ります、ずっと
「浅野検事、次の取り調べの資料です。目を通してください」
「分かりました。いつもありがとうございます」

「いつもの浅野」に詩織は資料の束を手渡した。
昨日までの腑抜けた浅野ではなく、元に戻っている。
時折何かを思い出しているのか、頬が緩み嬉しそうな顔をしている浅野の横顔を見て詩織は確信した。

あの女性と昨夜何かあったのかも知れない、と。

被疑者や関係者との取り調べは、担当している事件の公判の合間を縫って行われる。

主な捜査は警察が行っており、検察官はその捜査の調書や資料、証拠などを提出してもらい、限られた時間の中で被疑者に端的な取り調べしか出来ないことが多い。
ちなみに検事は検察官の役職の一つで、検察官は検事総長・次長検事・検事長・検事・副検事の5つの階級に分かれていて、浅野はこの階級の検事にあたる。
浅野は検事になって6年目になり、ようやく自分の仕事に自信と誇りを持てるようになっていた。

詩織から見た浅野の評価は高く、将来は有望な検察官として活躍するであろうと思っているのだが、ここ一ヶ月の浅野の腑抜けっぷりを目の当たりにし、すこし不安を感じていた。
ただ幸いなことにいくら腑抜けになっていても、公判や取り調べの際は「いつもの浅野」に戻ってくれることが唯一の救いであった。

詩織はちらと横目に、浅野の耳朶の下にある赤い痕を眺めていた。まだ残っている。思わず詩織は浅野に尋ねてみた。

「朝から随分機嫌がいいようですが、何かあったんですか? 時任弁護士と」

途端に浅野の顔が赤くなり口元が緩み、それに慌てた浅野は口元を手で隠していた。目が泳いでいる、確実だ、詩織は確信した。

「いや……彼女とは……その……何もないが…でも……あ、いや。何でも無い」

挙動不審な浅野の様子に、詩織は呆れてしまった。
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