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幸せの時効
第2章 本気
「何故泣いている、高島」

 湯島教授の声で自分が泣いていたことに気がついた。手のひらに残る涙に呆然となった。15年前のあの日から泣いていないのだから、当然の反応だ。
 突然顔に何かを押し付けられた。鼻が痛い。顔に押し付けられた何かを手に取ると、タオルだった。

「拭け。ああ、だが擦るな。押さえるだけにしとけ」
「あ……ありがとう……ございます」

 ずるい。こんな時優しくしないで欲しい。また涙が溢れてきた。タオルに顔を押し付けているうちに、どっと涙が溢れてきた。しゃくり上げて、まるで子どものようだ。なぜ自分が泣いているか分からずに、ただ心の中から膿を出すように泣きじゃくっていた。

 暫くすると涙も収まり、途端に気恥ずかしくなった。タオルで顔を隠していたが、私が泣いていたのを彼は見ていたわけで。
 ここは思い切ってここから出ていこうか、それとも素知らぬフリで通そうか考えていたとき、彼は私に声をかけた。

「いきなりどうした。仕事で嫌なことでもあったのか?」
「いえ……なんでもありません……」
「甘えろよ、今なら俺のココ空いてますよ」

 冗談めかした言葉に思わず噴き出してしまい、とたんに笑い出してしまった。彼の顔はまだ見れない。恥ずかしくて。

「一応俺としては本気なんだぞ、高島」

 顔を見上げると困ったような笑顔の彼がいて、その顔に15年前の姿がまた重なった。

「冗談はやめてください」
「冗談で言えるか?」
「冗談にしか聞こえませんよ」
「冗談なら受けてくれるのか?」

 何を言っても無駄なようだ。とにかくここを出よう。ソファから立ち上がった私に彼は持っていたテキストを渡した。

「まだ時間はあるだろう?」

 私を見上げた彼の目は激しい何かを孕んでいるかに見えた。そう、初めての時と同じ瞳だ。心が15年前に戻る。

「帰ります」

 体をドアに向けたとき、腕を掴まれた。

「離してください」
「まだ解釈について終わってない、高島」
「それはもう結構です」

 腕を振り解こうとするが、男と女では腕力の差は歴然としている。仕方なしにそのソファにまた腰を掛けた。
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