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幸せの時効
第1章 再会
「お前は頑張りすぎだ、高島」

 彼は苦笑いを浮かべている。彼もまた昔を懐かしんでいるような気がした。目をそらしテキストを見やる。彼はそれに気がついて、またテキストをめくり始めた。

 紙をめくる音と、壁に掛けられた時計の秒針の音だけが響く。

「それにしても、よく医学部に行こうなんて考えたな……」

 それは呟くような言葉だった。

「法学部を卒業したあとで医学部受けたら合格しちゃったんですよ。お陰で法科大学院を卒業する頃にはもう30になっていたし」
「お前のバイタリティーすげえな、尊敬するわ」

 この男と別れた後何もする気力がなく、忘れるように勉強した。そのお陰か法学部を卒業したその年に他の大学の医学部に進んだ。それから6年医学を学び、法学部を卒業して6年後法科大学院へ進んだ。2年のカリキュラムを終えて司法試験に合格し司法修習生として現場を見てようやく検事として働き始めたのはつい最近のことだった。仕事にまだ慣れないため、時折母校に立ち寄って教えを請う機会を設けていたのだが、まさかここで彼と再会するとは思いもしなかった。

「……まさかここで再会するとは思いませんでした」

 膝の上で握り締めた手が痛い。強く握り締めていたようだ。のどが張り付いて思うように声が出ない。今思えばなぜこの時こんな言葉が口から出たのかわからない。

 また秒針の音だけが響く。彼の姿を直視できず視線を落とした。彼の膝が見える。彼は左手を支えにしてソファを立ち上がった。見えた左手には結婚指輪が----

 無かった。

「結婚指輪……」

 思わず出てしまった。15年前、彼は結婚していて彼の妻のお腹には子供が居たはずだ。なのに----

 彼は自分の左手を見て、ああと微笑んだ。

「昨年離婚したんだ。子供が中学を卒業したから」
「どういうこと?」
「お前を愛してしまったからだ、高島」

 彼は私に真剣な眼差しを向けて、説明してくれた。15年前の出来事が蘇る。

『和幸は渡さないわ! とっとと出て行きなさい、泥棒猫!』

 平手を受けた頬の痛みさえ蘇る。罵られた時の心の痛みも。

「高島?」

 彼が私の顔を見て驚いていた。頬に何か流れている。手を当ててそれを見ると透明な液体があった。

「なぜ、泣いてる?」

 私は15年ぶりに泣いていた。
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