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いじっぱりなシークレットムーン
第9章 Lovely Moon
 

 ***


 あたしが買ったケーキを思い出したのは、ルームサービスが来る前。

 昨夜ドレスに着替えていた時は、箱から雨水が染み込んで、崩れに崩れたケーキはドロドロに蕩け、無残な有様だった。

 昨日、ドレスに着替えた時点でそれでも食べようとする朱羽から奪い取って、一応はローソクに火をつけてふうだけさせて、腹を壊させまいとゴミ箱行きにしたはずだったのに、食後に氷を貰いにホームバーに行ったところ、片隅にその箱は綺麗に畳まれて置かれており、どこにもその中のブツが捨てられている形跡がない。

「ねぇ、朱羽! まさかこれ食べたの!? 食べてないよね?」

 気怠げな顔で、首に巻き付けたネクタイをしゅっしゅっと締めている朱羽に、畳まれてもカビでも生えてきそうな湿った空箱を持って訴えると、朱羽はただ笑った。

「食べたよ、あなたにあげたくないから、あなたが伸びている間に。糖分補給していたから、俺元気だっただろ?」

「食べたの!?」

「そりゃあ、プレゼントなら。ありがとう、美味しかったよ」

 そこまで大きなケーキではなかったとはいえ、あたしも食べたら腹を壊す恐れがあるからと朱羽はひとりで食べたんだろう。

 なんて律儀で優しいひとなんだろうね。

 そんな危険のあるものを食べさせて、気持ちよくて伸びていたあたしが恥ずかしい。

「お腹大丈夫?」

「大丈夫だけど、今度あなたのケーキを一緒に食べたい。今度俺の家で作って?」

「え、オーブンあったっけ?」

「あるよ、何回か使ってるから、動くと思う」

「……オーブンでなにを作ってるの? 最近作ったのは?」

 あまり使われたような形跡がなかった朱羽のキッチン。それを思い出しながら好奇心から聞いてみると、朱羽は答えた。

「渉さんと沙紀さんに、七面鳥(ターキー)を焼いた時だから、去年のクリスマスか。あのふたり、ふたりでどこか行けばいいのに、毎回クリスマスには必ず俺の家でパーティーしようとするから。あのふたりが来ると本当に賑やかで、俺こき使われるんだ」

「あはははは。専務も沙紀さんも、朱羽を可愛がっているんだね」

 朱羽が寂しい思いをしないようにと、彼らなりの愛情表現なんだろう。
 
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