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砂の人形
第7章 遠いオアシス
 行かせたくないと思った。帰したくないと思った。渇いているのが自分だけじゃなかったことが分かったから。

 僕は、膝の上で眠る姫様を見下ろして、その髪をすいていた。自分のただ一人の血族を糾弾し、必要ならば討ち取ると、勇ましいことを言いながら眠ってしまった姫様。

 昨日、姫様は暗闇の中で艶めかしい音を立て、僕の手を噛んでいた。その時思った。姫様が素振りを見せたら、抱いてしまおう。姫様もきっとそれを望んでいる。自分勝手にそう思い込んだ。

 でも違った。姫様は王女としての自分を捨てられない。姫様が望んだのはアルムカンの平和。僕じゃなかった。そのことにこんなにも傷ついている自分にがっかりだ。この人の幸せを願ってあげられなければ、僕には欲望以外何も残らないのに。

 不意に、姫様が小さく呻く。見下ろすと、姫様は眉を寄せ、しきりに口元を拭っていた。

「姫様」

 外はすでに日が傾き始め、出発の支度を始めてもよさそうな時間だった。

「起きてください」

 軽く肩をゆする。姫様は、首を左右に振って何かを振り切ろうとしているようだった。打ち払うように伸ばした両手が、僕の鼻先に触れる。

「姫様?」

 突然、目を見開いて。恐怖に歪んだ瞳に、吸い寄せられる。姫様の喉の奥から、引き絞るような息が聞こえた。そのまま激しくむせ込んで、僕の膝から転がり落ちる。

「どうかされましたか?」
「大丈夫」

 どう見ても大丈夫ではなさそうなのに、姫様ははっきりそう答えた。喉に片手を沿えて起き上がっても、体は震えている。

「いつもの夢だから」
「夢?」
「ええ。海の上で、今にも沈みそうな小舟に乗っているの……風と波がすごくって、暗くて、とても恐ろしい夢なの。私は船の中で身動きがとれなくて、顔に水がかかって息が出来ないの。それで苦しがってるとね、船の上のもう一人の私が一生懸命叫んでるのが聞こえるの。逃げなさい、すぐに逃げなさいって」

 話すうちに、姫様の呼吸は落ち着いて、彼女は深く息をついた。

「ごめんなさい。どうでもいい話ね」
「いえ。お話ししてくださって、嬉しいです」

 僕の言葉に、姫様は顔を上げた。
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