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令嬢は元暗殺者に恋をする
第29章 それぞれの思い2 ※
 壁づたいに歩きながら、ハルは強く唇を噛んだ。

 貪欲なまでに欲望はとどまることを知らず、何度も何度も自分を求めてくる女の要求に応えてやった。
 次第に女に対し嗜虐的な感情がわき上がり、高みに引き上がった女を休ませず、息をつく暇すらも与えず、さらに上へと容赦なく無理矢理、昇りつめさせた。

 そして、とうとう音を上げて女は泣き崩れ、そこで終わった。
 胸にわだかまる苛立ちを吐き出した。
 なのに……。
 この苛立ちは一向におさまる気配はない。
 それどころか、罪悪感さえ覚え強まっていくばかり。

 何故、こんな気持ちになる。
 どうにかなってしまいそうだ。

 立ち止まり、手を握りしめ側の壁を叩きつける。
 手の痛みが、胸の痛みと重なった。
 ひたいに手をあて、ハルは壁に背をついて空を見上げた。そのままずるりとその場に座り込む。

 立てた膝に顔をうずめ、震える肩を押さえつけるように己の肩を両手できつく抱きしめる。
 虚しい笑いが唇からもれた。
 閉じたまぶたの裏に浮かぶのは、満面の笑顔を自分に向ける少女のあどけない顔。

 自分を好きだと言って、真っ正面からその思いをぶつけてくる少女。
 惹かれつつも彼女の眩しさが、自分が抱えている闇をいっそう濃くした。

「もう……誰も失いたくないんだ……」

 脳裏によぎる重く暗い過去。
 大切な女性を二人も、それも目の前で失ってしまった。
 殺されたのだ。
 ひとりは淡い恋心と憧れを抱いた女性。
 もうひとりはこんな自分に健気にも尽くしてくれた少女。

 北の大陸、レザンの白い大地を血に染め、彼女たちはその生涯をあえなく散らしていった。
 短すぎる花の命の如く。
 そんな彼女たちを自分は救うこともできなかった。
 無力で非力な自分を責め続けた。
 自分に関わった女性たちがみな、いなくなってしまう。
 そんなことはもう、耐えられない。

 だから、二度と誰も愛したりはしないと心に誓った。
 それなのに、何故、こんなにも心が掻き乱される。

 ただ、ひとりの少女に……。

 認めるか。
 自分の気持ちを、素直に認めてしまうか。
 けれどそれは、自分の持つ深い闇に、無垢な彼女を巻き込んでしまうことになる──。
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