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令嬢は元暗殺者に恋をする
第30章 私はハルだけのもの
 ベッドに突っぷし、サラは枕に顔を押しつけ肩を震わせた。

 私に触れていいのは、ハルだけなんだから。
 なのに、あんなやつなんかに……。

 あまりの悔しさに心が千切れてしまいそうであった。
 どうにもおさまらない怒りに、サラは血が滲むほど唇を強く噛む。

 結局、自分ひとりの力ではどうにもならないことを、あらためて思い知らされた。
 どんなに抗っても、家というしがらみから逃れることはできないのだと。

 恋愛くらいは自由にという望みすら許されない。ならばいっそうのこと、何もかも捨てて逃げてしまうという選択もあるが、何不自由ない環境で育ってきた自分が世間に飛び出して何ができようか。

 どうやって生きていけよう。
 つまり、そんな勇気も度胸も本当はないのだ。
 祖母もそれを見透かしていた。

 テオの家に逃げ込んでいたのも、たわいない抵抗と鼻で笑っていたのかもしれない。
 そんなことも気づかずに、いい気になっていた自分が恥ずかしくさえ思う。それが悔しくてたまらない。
 落ちてしまいそうになる涙をサラは懸命にこらえる。

 泣かないってシンと約束したから。

「ハル……」

 会いたい。
 ハルに会いたい。

 はたしてサラの切実な願いが天に届いたのか。それとも、ただ幸せな夢をみているだけなのか。
 緩やかな風が部屋の中へと流れ、頬をそっとなでる。

 そろりと顔を上げ、サラは身体を起こした。
 ゆっくりと、バルコニーへと視線を移していく。
 窓は閉めておいたはず。なのにカーテンのひだが静かに波打って揺れ、そこから射し込む月明かりが磨かれた床に蒼い光を落とす。

 カーテンの向こう、暗がりの中、月の光を受けてたたずむ人影にサラは息を飲む。
 その人物の顔までははっきりとわからなかった。

 だが、その人影は……。

 サラは目を見開き、口許に手をあてた。ベッドから飛び降りバルコニーへと走る。
 折り重なったカーテンをもどかしいとばかりに一気に開く。

 そこに立っていたのは──。
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