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令嬢は元暗殺者に恋をする
第30章 私はハルだけのもの
 闇を照らす皓々と輝く月を背に立つしなやかな姿。

「ハル!」

 顔をほころばせ、その名を呼ぶと同時に勢いよく相手の胸に飛び込んだ。
 もう離さないとばかりにその背に両手を回し、きつくしがみつく。

「会いにきてくれたのね! ハル!」

 けれど、喜びにうち震えるサラの両腕にハルの指が強く食い込んだ。
 容赦なく締めつけてくるその痛みに眉をしかめ、サラはハルを見上げる。
 見下ろしてくる瞳の峻烈さに、怒りと苛立ちを感じるのは気のせいか。

「ハル? 腕、痛い……ねえ、どうしたの? そんな怖い顔をして」

 つかまれた腕の力は少しも緩むことはなく、それどころかいっそう手加減なしに締めつけてくる。身動ぐことすら許されず、サラは何故? と不安に瞳を揺らす。

「おまえは優しくしてくれる男なら誰でもいいというのか」

 低く押し殺した声が静かな夜を震わせた。
 厳しい口調にサラは身をすくませる。
 何かハルを怒らせるようなことをしてしまったのかと考えるが、心当たりはなかった。

「何のことかわからない」

「おまえはシンに」

 サラはあっと声を上げた。

「そうなの! あのね、シンがハルに会わせてくれるって」

「あいつと会う約束をしたって」

「そんな約束してない」

「あいつのために菓子を作るって」

「お菓子? ハルは私の料理、食べたことあるじゃない。まずくて食べられないって言った。具合が悪くなるって」

「あいつを好きだって」

「好きとは言ったけど、それは……」

「俺よりも、優しいあいつがいいと」

「違うわ。シンの好きはハルの好きとは違うって」

「あいつとキスをした」

 一拍の間を置いて、サラはわずかに視線を斜めにそらし小声で答える。

「……してない」

「へえ」

 ハルの指先があごにかかり、正面を向けさせられる。

「俺に嘘をつくのか」

「頬に少しだけ……軽く。ねえ、どうして怒っているの? 私に会いに来てくれたんじゃないの?」

 ハルは何を勘違いしているのだろうか。
 シンのことが好きだと、どこからそんな誤解が生じたというのか。
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