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令嬢は元暗殺者に恋をする
第47章 私を愛して
 それは反射的な行動であった。
 はだけてしまいそうになった胸元を、慌てて両手で押さえ、サラはその場に座り込んでしまった。

 思わずだめと叫んでしまってはっとなる。
 それに、身体を丸めて床に座り込んだこの格好はまるで自分自身の身を守っているかのようだ。

 顔を上げることができなかった。
 すぐ側に立つハルの目を見ることができなかった。

 先ほど自分をどきりとさせるような行動をとっておいて、あっさりと引いてしまったハルを一瞬、残酷だと思い責めてしまったが、けれど本当に残酷なのはどちらだろう。

 動揺して悲鳴をあげ、ハルの気持ちを無駄に煽ってこんな態度を返すなんて、むしろ残酷なのは自分の方ではないか。
 ハルを傷つけてしまったかもしれない。

 そんな思いに胸が押しつぶされてしまいそうであった。
 ごめんなさい……とサラの口から弱々しい声がもれる。

「驚かせてしまったのは俺の方なのに、どうして謝るの?」

 伸ばされたハルの手に肩をつかまれ、立たせられる。
 それでもハルの顔を見ることができなかった。

「ほら、ほんとに風邪をひいてしまうよ」

 そう言って、サラに背を向けたハルは窓辺へと歩み空を見上げる。

 濡れた服を脱ぎ下着姿となったサラは、毛布をすっぽりと頭からかぶって身体にまきつけハルの背中を見つめた。

 外は変わらずの雨。

 さらに勢いを増す雨の粒が窓を叩きつけ跳ね返り、外は霞がかったように白く煙った。

「ハル……」

 愛しい人の名を呟いた途端、心臓がきゅっと締めつけられるようなせつなさを覚える。

 サラの頭から毛布がするりと滑り足下に落ちる。
 そのまま毛布を拾うこともなく、下着姿のままハルの元へと静かに近づいていく。

 サラの気配に気づいたハルが振り返った。その瞬間、サラは両腕を伸ばしハルの胸に飛び込み抱きついた。
 冷えてしまった身体にハルの体温が伝わって、温かくて気持ちいい。

 この腕に抱かれたい。
 愛されたい。

 どうしたの? と首を傾げて問いかけ、ハルの手が優しく頭をなでてくれた。

 優しい声。
 温かい手。

 怖くなんかない。
 私……。

 そろりと顔を上げ、自分を見下ろす藍色の瞳を真っ直ぐに見つめる。

「ハル……私を愛して」

 二人の間に落ちた沈黙。
 そして、耳に響くのは、降りしきる雨の音──。
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