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令嬢は元暗殺者に恋をする
第54章 脅しと賭け
 ちくりと指先に刺さった薔薇の棘の痛みに、サラはゆっくりと視線を自分の手元に移していく。

 握りしめていた手のひらを開くと、そこにはいびつに歪んでしまった一輪の薔薇。
 散った花びらの一枚が、サラの手を優しくなで床に落ちる。

 あの時、シンは薔薇の棘を丁寧にすべて取りのぞいてくれた。しかし、月明かりだけが差す暗がりの中、花の根元にあった小さな棘までは取りきれなかったらしい。
 けれど、それが今のサラの危機を救ってくれた。

 小さな痛みであったけれど、それでも、落ちかけたサラの意識を呼び戻すにはじゅうぶんな痛みであった。

 シン、ありがとう。
 私、まだ大丈夫。

 どうして、あきらめてしまおうと思ってしまったのだろう。

 そろりと視線をあげたサラの目が、部屋の隅のベッドへと向けられる。
 そう、あきらめるにはまだ早い。

 気力を振り絞り、サラはあごにかけられたファルクの手を両手でつかんだ。そして、遠慮など必要ないと、相手の肉を食いちぎらんばかりの勢いで、その手に思いきり歯をたて噛みついた。

「うあ……っ! 痛い……痛いじゃないか! 痛い……痛いっ!」

 凄まじい悲鳴を上げ、ファルクはサラの髪をわしづかみにして引きはがす。

 もはや抵抗する気力さえもないと油断していたファルクは、予想外のサラの行動に憤怒の形相を浮かべた。

「このくそがきっ! ゆ、許さない……許さないからな!」

 泡唾を飛ばし、ファルクが激怒の声を上げる。
 あまりの声の大きさに一瞬、驚いて怯みそうになったが、何とか持ちこたえる。
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