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令嬢は元暗殺者に恋をする
第54章 脅しと賭け
 遠のいていくファルクの足音に耳をこらす。
 どうやら戻ってくる気配はない。

 それでも、まだ安心はできないと警戒して、サラは短剣を首にあてたままベッドの上で表情を硬くし座り込んでいた。

 どのくらいそうしていただろう。
 もしかしたら、ほんのわずかな時間だったのかもしれない。

 けれど、サラにとってはずいぶんと長い刻のように思われた。
 静けさの戻った室内に、自分の荒い息だけが聞こえる。

 まだ、身体の震えが止まらなかった。
 心臓が破裂しそうなくらい音をたてている。
 もう、ファルクは戻ってこないと判断して、サラはようやく短剣を首から離し柄を握りしめたまま両の手を膝の上に下ろす。

 そして、首筋の痛みにうつむいて唇を噛むと、胸元が赤く染まっていたことに気づき顔を青褪める。

 私、あんな奴に負けたりしなかった。
 ちゃんと自分を守ってみせた。
 でも、私すごい格好。
 ハルが迎えに来るまでに何とかしなければ。
 顔を洗って髪を整えて、それから着替えもしなければ。
 こんな姿をハルに見られたくない。
 でも、もう動けない。
 足が震えて立てない。
 ハル。

 サラは泣きそうに顔をくしゃりと歪めた。

「ハル……会いたい」

 消え入りそうなほどのサラの声が、夜の静寂を震わせた。
 早く夜が明けることを待ち望む。けれど、暁を告げる鐘はいまだ遠い。
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