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令嬢は元暗殺者に恋をする
第56章 口止め
「名前」

 青ざめた顔の侍女の頬に再び手を添え、頬を濡らす涙を親指の腹で拭う。

 たった今まで侍女を脅していたとは思えないほどに、ハルの手は優しく、浮かべる笑みも相手の心を惑わすほどに艶やかであった。
 侍女はどういう反応をとったらいいのかわからないと戸惑った表情から、一転して頬を赤らめハルを見つめ返す。

 恐怖で涙していたその目が熱を帯びたようにとろりと潤む。
 今さらながらにハルが異国の者で、さらに目を瞠るほどの整った容貌だということに気づいたのだ。

 けれど、ハルの目を細めた瞳の奥に、ゆるりと危うい炎が揺れていることに侍女は気づいていない。
 わずかに身をかがめ、ハルは侍女の顔に自分の顔を近づけていく。

「あの……私……」

 何を勘違いし何を期待したのか、侍女はうっとりとした声をもらす。が、しかし、ハルの次の言葉が再び侍女を絶望に叩きつける。

「ミリアというんだね。覚えておくよ。もし、約束を違えたら、どうなるかわかっているね。おまえも、おまえの家族も親しい人も恋人も、おまえがかかわってきた者全員、探し出して……」

 侍女の耳元に唇を近づけ。

「殺してやる」

 と、ハルは静かな声でささやいた。

「ひっ!」

「どこへ逃げても隠れても無駄だよ。必ずおまえを見つけ出す」

 苛烈すぎるハルの瞳に見据えられ、壁に背をついたまま、ずるずると腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった侍女をハルは半眼で見下ろした。
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