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令嬢は元暗殺者に恋をする
第67章 報復 -8-
「殺れというのが聞こえなかったか。これは命令だ! 私の命令に従えない者はクビだぞ。クビだ! この屋敷から追い出してやる。いや、私が手を回しておまえら全員、この国では働けないようにしてやる。それでもいいのか!」

 自分の思い通りにならない、まるで駄々をこねる子どものように、ファルクは男たちをけしかけ怒鳴り散らす。

 ずいぶん、たいそうなことを言ってはいるが、屋敷から追い出すというのはともかく、この国で働けないようにするとは、この男にそれほどの権限も影響力もないはずだ。
 だが、そんなことなど知らない男たちは、働き口を失ってしまうことを恐れ慌てたようだ。
 ひとりの男が動き出した。

「く、くそっ!」

 剣を振り上げ、半ば自棄気味に男はハルの元へと走っていく。
 背後に迫る男の気配。
 殺気は感じられない。むしろ、ファルクに命じられてやむなくといった態だ。が、すぐに、男は足を止めてしまった。
 それどころか、顔を引きつらせ一歩、さらにもう一歩と後ずさる。

「そんなに、俺に剣を抜かせたいのか」

 振り返らず、彼らに背を向けたまま、ハルはゆっくりとした動作で右手を剣の柄へと持っていく。

「剣を抜いて俺が振り向いたその瞬間、おまえら全員あの世行きだ。それでも、いいのか?」

 ささやくような低い声音と、ハルの身から放たれる気にあてられ、男たちはぶるっと身体を震わせた。
 ハルのしなやかな指先がすっと、なぞるように剣の柄をすべり、握りしめられる。

 男たちの視線がハルの右手にそそがれた。
 その女性のようにほっそりとした手で、本当に剣を振るい人を傷つけるというのかと。

 誰ひとり声を発する者はいない。
 静寂に包まれた部屋と張りつめた空気の中、鞘から剣を抜く乾いた音。

 柄に結ばれた真紅の飾り紐がゆらりゆらりと揺れた。
 徐々に鞘から姿をあらわす濁りのない銀色の刀身。
 剣を抜き振り向いた瞬間、殺される──。
 さらに緊迫した気配が男たちを震え上がらせ、この場を恐怖に染め支配する。
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