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令嬢は元暗殺者に恋をする
第80章 戦い -6-
「聞こえなかったのか。乗れ」

「いやだ……」

 それでもファルクはいやだと首を振り、低く呻いた。そのひたいに、じっとりと汗がにじむ。
 乗らないというなら、無理にでも乗せるだけ。

 ハルはファルクの胸ぐらに手を伸ばしてつかみ、強引に立ち上がらせ問答無用で馬車の中へと放り込む。

「ひい、やめて! やめて、お願いやめて!」

 そして、自分も馬車に乗り込み、後ろ手で扉を閉める。

「ま、ま……まっ、て……」

 椅子の上で腰を抜かし、ファルクは情けない悲鳴をもらす。

「殺さないで」

「殺しはしない。いや」

 酷薄な笑みがハルの口許に広がる。

「死んだも同然となるかな」

 ハルの言う意味を理解することができず、ファルクは眉をしかめた。
 これから自分の身に何が起きるのかと、不安そうに表情を強ばらせている。

 ハルはふところから手のひらにおさまるほどの小袋を取り出し、口を縛っていた紐を解いて逆さにする。
 砂にも似た茶色の細かな粒子が手のひらに落ちるのを、ファルクはただ呆然と眺めていた。

「それは……」

 何だ?
 と、口を開きかけたファルクの顔めがけて、ハルは手のひらにふっと息を吹きかけた。
 辺りに粉がふわりと舞い上がり、たちまち甘い香りが馬車の中を満たした。
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