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令嬢は元暗殺者に恋をする
第87章 あなたの瞳におちて
「明日から頑張るわ……」

「勉強にレザン語にお料理、お菓子作り。お裁縫とレース編みも覚えるんだっけ? テーブルクロスは自分で刺繍をいれたいって買い物の時に言っていたね。馬にも乗ってみたいとも? やることがたくさんあって、一日があっという間だ」

 サラはうう……と声をもらす。

 それらのことを覚えつつ、これからは家のこともこなしていかなければならない。
 つまり、働きに行く暇なんてないってことである。

「焦らなくても、ゆっくり覚えていけばいいよ。時間はたくさんあるからね」

「うん。私、ハルのために頑張る。お勉強はいやだけど……」

 ふと、サラは窓の外に視線をやる。もう、すでに深夜。
 外は真っ暗で、明かり一つない。いつもなら、とうに眠っている時間だが、今日はあまりにも楽しいことがありすぎて、まだ気持ちが興奮していた。

 それに、今夜は初めてハルと一緒に過ごす夜。
 不意に、胸がとくんと鳴る。
 寝室に置かれたベッドは一つのみ。

 まさか、別々に眠るなんてことはないはず。

 そう考えた途端、サラは身体を強ばらせ、顔を赤くする。

 や、やだ……意識しすぎだわ。
 ハルはそんなつもり、まったくないかもしれないのに。

「今日はたくさん買い物につき合ってくれて、歩き疲れたでしょう?」

 わ、私、何言ってるのかしら!

 疲れたでしょうなんてハルに聞いてしまって、これでは、まるで……。

 意識していることを意識しないようにと、慌てて話題を振ったけれど、ますます深みにはまっていくばかりであった。

「疲れてなんていないよ。楽しかった」

「ほんとう?」

「ああ」

 その後の言葉が続かず、サラは黙りこくってしまう。
 疲れてないとハルは言ったが、今日は朝から日が落ちるまでずっと街を歩き回っていたのだ。
 買い物をしている間は楽しすぎて気づかなかったが、サラ自身もかなり足が張ってしまって棒のようだった。

「サラ」

「は、はい!」

 突然声をかけられ、サラはびくりと肩を跳ねあげた。
 視線をあげるとテーブルに頬杖をついてハルがこちらを見ている。
 その真剣な目にサラの胸が再びとくりと音をたてる。
 ハルの瞳に、テーブルに置かれた燭台の炎がちらちらと揺れるのが映り込む。
 視線をそらすことができなかった。
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