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Vesica Pisces
第10章 太陽は静寂を包む
吉信と然をホテルに送る。

「帰る?」

『帰る』

「何処へ?」

『…家』

「誰の?」

唇をきゅっと結んだ伽耶の表情に思わずにやけて、その手を引いてタクシーに乗った。

一泊分のキャンバストートを奪い取って肩に掛けると、一分一秒でも速く家に辿り着きたくなった。

目が会うたびに伽耶ははにかんで、柄にも無く胸を掻き毟りたくなる。

「伽耶」

窓ガラスに向かって名前を呼ぶ。

「伽耶…かーや…伽耶ちゃん」

くんっとスーツのカフスを引っ張られた。

『何回も呼ばないで、見えてるからね』

反射した口元に気付くくらい伽耶がこっちを見てた事。

「見てんじゃねーよ」

完全な八つ当たりだ。

部屋にはいると、バスタブにお湯を張る。

堅苦しいスーツをソファーに放り投げて、やりにくいカフスボタンを伽耶に外させた。

「ねえ、これってそんな赤くなるような事?」

酔いがわかってた時よりずっと紅い伽耶の耳を揶揄う。

「もしかして緊張してる?」

ボタンが外れると伽耶は恨めしそうに見上げていた。

「風呂はいっといで」

先にバスルームに促して、嘉登に怒られないうちにスーツをハンガーに掛けた。
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