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エリュシオンでささやいて
第2章 Lost Voice
 

 また会議室に戻って三回目を聞き終えたが、やはり結果は変わらない。

 耳障りの悪い歌声ばかりに、鳥肌がたつくらいだ。

「どんなに顔がよくても、ボイストレーニングしてこれなら、無理だって。マシな人材いないの!?」

 日頃どんなに訴えても、素通りされる。
 このままでは、エリュシオンは、質の悪いものを提供することになってしまう。悪名高き音楽を届けることになる。

――エリュシオンは至高の音楽を届ける、その誇りだけは忘れてはいけないぞ。

 辛くて辛くてたまりません、社長。

 どうして、逝ってしまったんですか。
 どうして、意地悪な社員ばかり集める息子に育てたんですか。

 どうして、どうして……。

 辛い時は、天使が思い浮かぶ。

 あの時の方が地獄(タルタロス)だった。

 今の方が、まだ息を出来る。
 今の方が、怒りの感情がある。
 
 あたしの口から小さく漏れたのは、天使があたしの声で歌ってくれた、もの悲しげな聖歌のような旋律。

 あれから賛美歌を含めて幾ら探しても、この曲がどんなタイトルのものなのかわからなかった。

 これを口にすると、頑張ろうという気になってくる。
 頭でぐだぐだ考えずに、心を大事にしようと思えてくる。


「上原」


 深みのある低く甘い声。

 突然背後から男の声が聞こえて、あたしは振り向いた。

 スライドしてドアを開け、入り口に背を凭れさせて、無駄に長い手足を組んで立っているのは、長身の男。

「お前の家族を言えばいい。あのデブハゲ、ひれ伏すぞ」
 
 目尻がすっと伸びた切れ長の目に、憂えたような寂しげなダークブルーの瞳がこちらを見ていた。

 右目の下には泣きぼくろ。
 通った鼻筋に、薄い唇。

 ワックスを薄く揉み込んだだけの、照明の下では青くも見える……瞳と同じダークブルーの無造作ヘア。

 西洋の王子様のように、どこまでも甘く極上に作られた顔をした男は、ネクタイをつけた背広が決められている会社で、ネクタイを外してシャツの襟元のボタンを外している。

 覗き見える首と鎖骨から漂うのは、男のフェロモン。

 中性的に思えるのに、男の艶を強調しているこの美貌の男は、エリュシオンで、社長すら頭が上がらないほどの権力を持つと噂される、天才マルチクリエーター早瀬 須王(すおう)。
 
  九年前にあたしをフッた男だ。
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