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エリュシオンでささやいて
第2章 Lost Voice
 

 家を出てからは、高校のように家族のことは口にしないでいた。絶縁状態だし、完全に独立したくて。

 あたしの父、上原雄三は、最大手レコード会社の社長兼作曲家。

 あたしの母、上原百合子は、世界でも有名なソプラノオペラ歌手。

 あたしの兄、上原雅人は、世界のコンクールで賞を総なめにしたピアニストで、同じく姉、上原碧は、やはり世界で名の知れたバイオリニスト。

 彼らは二ヶ月前、家族でCDを作ってかなり話題になった。
 彼らは、ひと言も娘であり妹のあたしがいることを語らずに、四人だけの見目も麗しい優雅でセレブな家族像を作り上げていた。
 
 あたしは醜いアヒルの子なんだ。
 
 あたしだけ、音楽の才能が平凡で、しかも唯一の取り柄だったピアノが弾けなくなった者の行く末は、やはり誰にも必要とされていないもので、人の目には、あたしが一流となった会社にしがみついているような図。

 自分の力だけで世間に認められている、早瀬と立場が違うのだ。

 家族の名に隠れた、高校時代のあたしを華々しく思うなら、今のあたしは灰かぶり(シンデレラ)。

 だから一層嫌なのだ。
 早瀬とふたりになると、劣等感を刺激されて。
 
「自分の仕事に戻って。あたしに構わなくていいから」

 恐らく、社内でこんな口をきけるのは、あたしぐらいなものだろう。

 拒絶したのに、近づく靴音が聞こえる。

 いつもそうだ。
 彼はあたしのことなんて、ちっとも考えない。

「パワハラにへらへら笑わず、そうやって噛みつけばいいのに」

「放っておいて!! あなたと話したくない!」

「……へぇ、俺にそんな口きくんだ?」

 彼は魅惑的な笑いを見せて近づいてくる。
 ……距離が詰まる度に、息まで詰まる。

 鼻腔に広がる、彼の匂い。
 彼の甘い匂いは、高校から変わらない。

 ベリー系の甘酸っぱさから、甘いムスクが尾を引く……ベリームスクとでも言うべきか。

 
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